貴婦人と一角獣

貴婦人と一角獣 (白水Uブックス181)

貴婦人と一角獣 (白水Uブックス181)

貴婦人と一角獣」という六枚つづりのタピスリーは、実在する。(まったく知らなかったです)
15世紀末の作である、ということはわかっているものの、どのような経緯で織られたのかはまったくわかっていないそうです。
だけど、図版で見るタピスリーは、これが織物だということが信じられないほどの繊細、ち密な美しさです。
ゆるやかに連なるテーマを持ち、控えめな物語をも語る、この六枚。貴婦人の表情やポーズ、周りの動物たちの配置にも意味がありそうな気がします。
作者は、このタピスリーから、一つの物語を織りだしてみせた。


タピスリーの発注をするのは、王の重臣ジャン・ル・ヴィスト。
図案を作るのは、パリの人気絵師ニコラ・デジノサン。
織りあげるのは、ブリュッセルのジョルジュ・ド・ラ・シャベルの工房。


絵師ニコラ・デジノサンは伊達男。根っからの女ったらしで、出会う女出会う女、それが何者であろうと手を出さずにはいられない。
この男がまるでピエロのようにひらひらと飛びまわって、彼が動くたびに、誰もかれも巻き込まれずにいられない。
おかげさまで穏やかな風景に風がたつ。
(しかし、女たち、なんでこんないい加減な男にころりと引っ掛かるんだ! どういうわけでこの男、憎めないんだ!)
物語はまるでお祭りのようだ。


女たち。
父や夫の掌の上に乗せられて、重宝に使われて、思いのまま、あっちにもこっちにも転がされる女たちこそ哀れ。
で、あるはずなのに、頭を押さえつけられる者は、自分を押さえつける掌のすきまから、ひょこっと新鮮な空気を摂り入れているようだ。
転んでもただでは起きない彼女たち。喝采とは言わないまでも、うふっと笑ってしまう。
したたかな女たちに比べれば、力ばかりを誇示する男たちの単細胞ぶり、これにも又、こそっと横向いて笑わせてもらおう。


けしかけ、見届けるは、絵師ニコラ・デジノサン。
無責任で自由で、おいしいところだけありついて、良いところにいるなあ・・・と思うのだけれど、そこは・・・ねえ。


読みながら何度も何度も眺めた(眺めずにいられなかった)図版。
最後に、ああ、そういう見方もあったのか、と唸る。
そして、実際のタピスリー『貴婦人と一角獣』見る機会はあったはずなのに(東京で展示会をしていたそうです。ついこのあいだまで!)見に行かなかったことが悔やまれます。



芸術新潮2013年5月号
タピスリー『貴婦人と一角獣』の特集でした。詳しい解説や読み解き、制作をめぐる謎、タピスリーの歴史、一角獣の意味するものなど、読み応えがあります。当時の貴族たちの衣食住などの話も。
でも、何よりも、美しい遠近の大きな写真がたくさん載っているのが嬉しいです。バックの千花文の一花ひと花まで、美しい。貴婦人の姿の華奢なことは言うまでもなく。でも、そのわりに、コロンと丸い手指が意外な感じ。あの髪形は、当時の流行りでしょうか。ちょんまげスタイル、不思議なのです。