冬の犬

冬の犬 (新潮クレスト・ブックス)冬の犬
アリステア・マクラウド
中野恵津子 訳
新潮クレスト・ブックス
★★★★


アリステア・マクラウドは31年間に長編を1つと短編を16(そのすべてを短編集「Islands」に収録)しか発表していません。
その16の短編を収めた「Islands」を邦訳するに当り、二冊にわけたのが、
以前読んだ「灰色の輝ける贈り物」とこの本「冬の犬」だそうです。
(となると、いずれ最後の一冊、長編の「彼方なる歌に耳を澄ませよ」を読まずにいられなくなりそうです)


どの作品も、作者の生まれ故郷であり愛してやまないケープ・ブレトン島を舞台にしています。
どの作品も決して明るいものではありません。
読み終えて、この本から受ける印象を振り返ってみれば、雪と氷と風と暗さに満ちたすさまじい冬景色ばかりでした。
そして、そこに生きる人々の人生もまた、冬から冬への連続のように思えるのでした。
人々の生活に、犬の存在が大きな意味を持ってくるのですが、それは当然甘やかし放題のペットとしてではありません。
人々とともに自然の厳しさと戦う同志であり、またはおそるべき敵であり、
互いにその領域を侵さないように牽制しながら無視しあう間柄であったり、
それはさまざまですが、それぞれの物語の中で、人と犬とは多大な影響を与えあう存在、として登場するのが印象的でした。
過酷な自然の中で生き抜く人々の野生に近いむき出しの本能、生き様・・・
そしてそれに対を成す(いや、もしかしたら同意語でもありますが)高地人としての誠実さ、受容、寛容・・・
それは、小説として読むよりも作者自身の生き様ではないか、と思えるのです。


一番好きな「完璧な調和」
最後のゲール語民謡の歌い手であり、スコットランドハイランダーの末裔であるアーチボルトの生き方。
彼の頑固で誇り高く、誠実で、不器用で朴訥な生き方・・・
この物語をわたしは、小説としてよりも、作者自身の物語のように感じて読みました。
31年間にたった17(一編の長編含む)しか書かなかった作者アリステア・マクラウド
おそらく、心から書きたいものだけを時間をかけてじっくり書いたのではないでしょうか。
・・・そう推測させる短編集でもあったのです。
続けて読むよりも、一編一編の余韻を心に深く大切に沈めたいようなそんな作品集でしたから。


時代は容赦なくこの小さな島を揺るがし、人々の生活もまた変容を余儀なくさせられています。
時代の波に飲み込まれ、人生の表舞台を退かざるを得ない誇り高きケルトの末裔たち。
そのあまりに残酷で容赦ない時の流れに打ちのめされてもなお、その生き様を貫く姿に圧倒されます。
最後の作品「クリアランス」の主人公のこの言葉
 >俺たちは、こんなことになるために生まれてきたんじゃない
もっと楽な生き方があるはず。もっと豊かな人生が送れたはず。もっと実りある日々も持つこともできたはず。
・・・だけど、ほんとうにそうでしょうか。わたしの価値観はほんとうに正しいのでしょうか。