『荒野にて』 ウィリー・ヴローティン/北田絵里子(訳)

 

荒野にて

荒野にて

 

五歳馬リーン・オン・ピート(通称ピート)が始末されることになったとき、調教師デルの下で働いていたチャーリー(15歳)は、矢も楯もたまらず、ピートを連れて逃げた。デルのおんぼろトラックとトレーラーを盗んで。
チャーリーは、身勝手な父親に連れられて、この町に引っ越してきたばかりで、友だちはまだひとりもいなかった。
才能のあるフットボールの選手で、この町でも、フットボールで活躍したいと願っていたのだったが。
彼は、ピートの穏やかな性格と、レースのときには風を切ってぶっちぎりで駆け抜けていく姿に惹かれた。
馬を使い潰すと陰口叩かれるデルのもとで、決して大切にされていないピートと、チャーリーとは、似通ったものがあったかもしれない。そして、駆け抜けるピートに、フットボール選手として活躍する自分を重ねていたのかもしれない。


無一文で、頼れる人もなく、世の中に放り出されたら、この世は、荒野だ。
無我夢中で逃げ出したものの、困難な旅が、彼を待ち受けていた。
時には、親切な人との出会いもあったけれど、怖ろしい思いは何度もしたし、ひどい痛手を負ったこともある。
生きるために切羽詰まっての盗み、万引きは常習となり、善意の人にも、ウソしか話せなかった。
次から次へと、遭遇する出来事や、出会う人々に、振り回される。


殺される運命にある馬と、天涯孤独な少年と、孤独同士が寄り添い合う。少年は不安な気持ちも、夢も(いつかみつけたい安住の地のこと)ピートに語った。ただ黙って聴いてくれるピートは大切な相棒だった。
ピートはチャーリーの似姿というより、もう一人のチャーリーのようだ。ピートを全力で守ることは、裸で世の中に放り出された自分自身を守ることでもあったのだろう。


生き延びるため、実際いろいろ悪いことも重ねてきたチャーリーだけれど、染まることはなかった。むしろ、落ちれば落ちるほど、不器用な一途さが光を放つようで、心に残っている。