『岬のマヨイガ』 柏葉幸子

岬のマヨイガ (文学の扉)

岬のマヨイガ (文学の扉)


三月、大津波に狐崎の集落は呑みこまれた。
避難所で出会った三人の女たちは、この土地の人間ではない。
遠野出身で、ひとり介護施設に入所すつるもりだったおばあちゃん(山名キワ)、
暴力を振るう夫から逃れて、ここまで旅をしてきたユイママ(ゆりえ)、
両親を交通事故で失い、会ったこともない伯父に引きとられることになっていた小学生のひより(萌花)
三人、ともに孤独と不安を分け合って、家族のように岬の一軒家で暮らすことになる。
幸福な昔話のひとこまのような、ささやかな平安がそこにある。
おばあちゃんが語る昔話『マヨイガ』のように、辛い思いも寂しい思いもたっぷりしてきた三人を、この家が、この集落が守っているようにも思える。


「土地」は、不思議な力を持っている。その地に住まうのは人間だけではない。
災害は、人から、土地から、目に見える物だけを奪っていったのではなかった。
奪い去られたあとの空洞に向かいあい、はじめて、そこにあったはずの大切なものに思い至ることもある。
人間たちが忘れ去っても、相手はきっと忘れていない。影になり日向になり、ときには仇をもなしながら、私たちはきっとともに生きてきたのだろう。
目に見えるものだけを大切にして、守ったつもりになっても、本当に人を守ることにはならないのか、とぼんやりと思う。


故郷を追われる痛みを、人間ではない、人間に仇なす禍々しいものから伝えられた。
人間だけではなく、彼らにとってもそこは唯一無二の故郷なのだ、と思えば、この平和で美しい里の風景が、なんだかやりきれなくなる。
人に仇なすものを切って捨ててしまっていいのだろうか、とちらりと思う。
(失われた声が戻ったきっかけのことも思いながら)――捨ててしまっていいものは、本当はないような気もする。
ふだんはさっぱり忘れ去って居るわが故郷にもきっとあるにちがいない「気配」に、耳を澄ましてみよう、と思う。