『夢果つる街』 トレヴェニアン

夢果つる街 (角川文庫)

夢果つる街 (角川文庫)


ザ・メインは、いわばスラム街である。
この街で、身元不明の男が刺殺される。そんなことは珍しくもないのだ、ここでは。
しかし、何十年もこの街を担当するラポワント警部補は、この事件に少しばかり違和感を感じる・・・


『パールストリートのクレイジー女たち』(感想)で、トレヴェニアンという作家を知り、ほかの本も読んでみたいと思って手に取ったのがこの本。
『パールストリート〜』を読まなければ、手に取らなかっただろうこの本。たとえ手に取ったとしても、この本の持つ(この街が醸す)ささやかな輝き、独特の美しさに、私はきっと気がつくことができなかったかもしれない。『パールストリート〜』が先でよかった!


娼婦、浮浪者、犯罪者、過去も未来もない名もない人たち。
いずれは犯罪に手を染めるしかない子どもたちや、寄る辺ない者たちをいっぱしの犯罪者にしたてあげて搾取しまくる連中や、過去の亡霊にとりつかれたまま悪夢の中に生きる老人たち。
・・・目をそむけたくなるようなこの町をラポワント警部補は歩きまわり、あちらにこちらに小さな灯りをともしていく。そして、また、眠らせていく。毎日。
わたしは、彼がともした小さな灯りのもと、かすかに、ひたすらに生きている人たちの姿を見る。
おおいにいかがわしく、したたかで、胡散臭いけれど、一日のなかのこの瞬間(たとえば週に一度のピノクル、一杯のウーゾ。公園のベンチの日だまりだったり、「あの人」が私のパパに違いないと信じること・・・)にほっとするつかのまの顔に出会う。
その顔の奥のほうには、決して消すことのできない黒々とした深い穴がある。あまりに大きな穴は人をそのままそっくり呑みこんでしまいそうなのだ。人たちは、それぞれのやり方で、穴の存在をなんとかやり過ごしながら、一日一日を持ちこたえている。


『パールストリート〜』と地続きのような街。『パールストリート〜』の親戚のような人びと。なんだか懐かしいような気持ちになる。
読んだのはミステリだったけれど、ほんとに読んだのは町の地図だったような気がする。
そして、各地区に住む、たぶんこの本の余白に生きる、まだ紹介されてもいない人びとのささやかな物語だったような気がする。