密会

密会 (新潮クレスト・ブックス)

密会 (新潮クレスト・ブックス)


短編集です。
明るくも爽やかでもない。そして、どこにでもいる人物の微妙な一瞬。そこにたまたま立ち会った人たちは、そのときは心動かされたとしても、きっとすぐに忘れてしまうだろう。
そのくらいにありふれたできごとなのです。
だけど、この人たちをこの人たちの内側から知った時、どの人のどの一瞬も、ありふれたものではなくなり、何かの類型にあてはめることもできないのだ、と今さらながらに思うのです。


にっちもさっちもいかないような現実。すっかり首がまわらなくなって、じたばたするのさえくたびれ果てたときに、ふと心が静まり、思いもかけなかった平安が訪れることもあるかもしれない。ほんの束の間、美しい何かを感じたりするかもしれない。だからといって、事態は軽くなるわけでもないし、解決に結びつくことはないのだけれど。
しんどい日々だけれど、このしんどさがなかったら、決して知ることのなかった美しさ、かもしれないのです。美しさ、というのも何かちがうのだけれど・・・


どの作品もみんないいのですが、特に好きなのは、『孤独』と『ダンス教師の音楽』でした。
この二作品があるために、以前読んだトレヴァーの短編集『アイルランド・ストーリーズ』よりこちらのほうがいい、と思っています。
どちらの作品も、今は初老の女性が主人公です。
『孤独』の主人公は七歳の日のあることをきっかけに、その後ずっと旅の日々を送ってきたのです。そして、今はたった一人ぼっち、心を割って話せる友人もいないようです。
『ダンス教師の音楽』の主人公は、14歳の時メイドとして奉公にあがります。その後、主人一家の没落など、環境は随分変わったものの、同じ屋敷で陰ひなたなく働き、初老の今を迎えています。
この二人の女性、傍からみたら、どうなんでしょう、ずいぶん寂しいようにも見えるのですが・・・そうではないかもしれません。
外からは決して見えないものがあります。その入れ物はどんなに深くて大きいか。その入れ物の中にはどんなものが満たされているのか。
それがどんなに美しい描写で描かれていることか。
それを知ることができたわたしも、内側からひたひたと満たされてくるのを感じています。


明るく爽やかな読後感以上の豊穣と満足が、この短編集のなかにはあります。
どこかに覚えのある悲しみによりそい、それと同時に自分の悲しみを認識し、その悲しみはずっと居座り続けるのだろう、ということも受け入れる・・・そんなとき、おだやかにやってくる何か。その何かをこの本から確かに受け取っています。