アフリカで一番美しい船 アレックス・カピュ 浅井晶子 訳 ランダムハウス講談社 |
第一次大戦下の中央アフリカ。タンガニーカ湖の東西。ドイツ軍とベルギー・イギリス軍が、湖の覇権をかけてぶつかる。
「船を造るドイツ人とそれを沈めにくるイギリス人
――戦争の表舞台ヨーロッパから遠く離れたアフリカの地で第一次大戦を戦った人間と船の物語だ」
と訳者あとがきに書かれている。
アントン・リューターはじめドイツ人の三人の技師(民間人)は、造船所の社員で、
ドイツ国内で建造した最高の蒸気船「ゲッツェン」を一度ばらして、アフリカのタンガニーカ湖畔で再び建造し直すために、
一年契約でアフリカにやってきた。
ところが、建造中にまさかの戦争勃発で、本人たちの意向は無視されて、そのまま軍隊に召集されてしまった。
一方、ドイツの船を沈めに来るイギリス人を指揮するのはスパイサー・シムソン。
見栄坊でドンキホーテ的な性格が災いして不運(?)続きの彼に、栄光に上り詰めるチャンスがめぐってきた。
物語は双方を中心に据えた章が交互に現れる。湖で出会うまで。
狂想曲という言葉が浮かびます。
戦争の表舞台から外れたアフリカには独特のテンポがある。
ひとことで言えばゆるいのです。
ゆるいのだけれど、そのゆるさの中で無駄に緊張感を高めようとしている指揮官の虚しさはなんと気の毒なこと。
戦争の残酷さ・悲惨さよりも、
戦争のバカバカしさ、そのバカバカしい戦争に翻弄されて飛び回る人間の喜劇チックな描写に、思わず笑ってしまいます。
湖を制覇したものがアフリカを制覇するって? 言っているまに、外から包囲されちゃう。
そして、植民地の姿。この地の住人たちは翻弄され耐えるばかりの生活のはずなのですが、彼らの明るさ、たくましさったら。
支配されながら、支配者たちを思うさま翻弄しまくる彼らの賢さとしたたかさに、ますます軍人たちの愚かさが際立つのでした。
忘れられない登場人物といったら、やっぱりイギリス側指揮者のスパイサー・シムソンでしょう。
彼の性格の特異さ、強烈さ。
せっかくのチャンスというのに、何とも言えない劇的(?)な方法で失墜する連続技は、おかしくて、戯画化した姿で思い描くような人物。
これでもかこれでもか、と彼の俗物ぶりをアピールしてくれるから、そちらの面しか見えなくなっていました。
思えば、妻が終始一貫して、彼を信じ続けたことは、ちゃんと理由あってのこと、と書いてあるじゃない。
アントン・リューターが最後にしたことも印象的でした。彼はほんとうに誇り高い芸術家だったんだ。
スパイサー・シムソンも、アントン・リューターも、進退極まれり、というところで、突然変容します。
隠されていた本質的な美点が突然開花するような感じ。
それは、たとえば、要領の悪い仕事人がいて、ちっとも芽が出ないのに、来る日も来る日もひたすらに働き、
まわりからなんと言われようと、こつこつと同じことを繰り返し続けてきて、
ある時、突然、とんでもない突き抜け方をすることがある、そんなことを思い浮かべます。
あきずにひとつの夢を見続けたことや、ひとつことに精出す地道な職人であり続けることによって、
人として、思いがけない高みに導かれることもあるのかもしれない。
たとえそれが失意に終わったとしても、気高くさえ感じる。
人間ってすごいな、一筋縄ではいかない。
それは、ただ、鬼面人を威す、というたぐいのことではなくて、人間の深みに触れたような、畏敬を感じるような事柄。
出来事のバカバカしさの中で際立つものでもあります。
人は偉大で・・・おもしろくて、かわいいものかもしれません。
訳者あとがきが素晴らしいです。
素晴らしい物語を十分に堪能したあと、こんなにうれしいデザートが用意されていたことに驚きとともに感謝します。
ほんと、感謝〜。