九年目の魔法 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 浅羽 莢子 訳 創元推理文庫 ★ |
正直言うと、なんて親切ではない本!と思います。
それでも、とても、とても、おもしろかった!
親切ではない、と思ったのは、丁寧に説明されていないので、事情を知らない者は困惑してしまうのです。
『金枝篇』や『タム・リン』『詩人トーマス』というバラッドがものすごく大きな意味を持っているのですが、
これらの内容についての説明は、ほとんど無きに等しいのです。
さらに、ケルトの妖精伝承(?)についてある程度の知識を持っていたほうがきっともっともっと深く楽しめるのではないか、と悔しい思いです。
ことに終盤の盛り上がり。
これは、以上の知識を当然読者が持っているはず(或いは、持っていようが持っていなかろうがかまわない)という前提のもとに、
ものすごいスピードで雪崩のように流れ落ちていきます。
わたしなんかにも、ある程度は、説明されなくてもわかる部分があるわけです。
ああ、あの女性は、あの屋敷は・・・
ああ、この人の身分は、この事件の背景は・・・
それが納得できる不思議に満ちていればいるほど、
分からずに終わったことのあれこれにもきちんとした背景や約束、事情があるはずだ、と推測されます。
何度も読み直し、ページをもどし、さらに考え・・・半分は想像・妄想のもとについていっていました(笑)が、
それにも限界があり、最後は完全に置いてきぼり。
で? つまり、二人はどういうことになったのでしょうか〜???
ほかの人たちは? まだ私の中では未解決のあれやこれやは?
未解決、と思っているのは、わたしだけなんでしょうか〜?^^
という部分で、親切ではない、と感じたのですが、それが、この本のマイナス評価には全然なっていません。
読者がわかろうとわかるまいと知ったこっちゃない、と作者が思っているなら、
こちら読者としても、ええ、気が楽、知ったこっちゃないのです(笑)
そんなことはどうでもいいです。
問題は、そこに行き着くまでの過程。
なにがなんだか分からないことの答えをみつける旅(迷い、もどり、妨害され、迷い、もどり、また進み・・・)がすごくおもしろかった。
この奇妙な感じ、なにがどうおかしいのかわからない不思議さと、めくるめくような感じ。
すっかり翻弄され、翻弄されつつ酔いました。
起こる事件
(変わってしまった過去、万聖節の葬列、想像したことが少しずつ形を変えて本当のことになってしまうこと、巨人や馬や、紙くずのモンスター、・・・)
現れる小道具
(まわすと全く違う謎めいたことばを示す石の花瓶、贈られた額、消えてしまった章のある本、馬ぐるま・・・)
そして、ことば遊びのような手紙の差出人のすてきなたくさんの名前。
さらに、なんといってもあの本、本、本。
本好きならもうわくわくしないではいられないような書名。読書案内としても秀逸です。
未読の本はしっかりチェック、です。
下敷きになった妖精物語が、なんといっても印象的です。
知らない部分が多く、残念なのですが、神秘的な雰囲気には魅了されてしまいます。
そのおかげで、現代の物語でありながら、主人公の住む町が、一種独特の古風な味わい深い町になっていました。
絵本ですが、『妖精の騎士タム・リン』は読んでおいて正解でした。
『吟遊詩人トーマス』はまにあわず。
ケルト妖精物語については、知らないことが多く、このせいで、道に迷っているのは確実なのですが、
ずっと昔に読んだメリングの『妖精王の月』を朧に思い出しながら読みました。
プールのこと・・・あれはこの本のオリジナルなのか、何か隠された意味があるのか・・・
できればケルトの妖精物語や『金枝篇』(一度手にとって挫折してます)を読んでからもう一度この本を読んでみたいものです。
それから、登場人物やその周辺の魅力。
主人公のポーリィ。
意志が強そうで頑固、と思いきや、案外情にもろくて、流されてしまう弱さもあって、それがまたいいのですよね。
ごっこ遊びの天才で、いきいきとした英雄物語を空中に描き出す才覚のなんと素敵なことでしょう。
英雄の助手になる、と決めて、彼女独自の修行をするところなど読んでいて楽しかったです。
彼女の学校生活、友人関係など、せつないような懐かしさがあって、
『赤毛のアン』(解説にも書かれていましたっけ)や『あしながおじさん』を思い出したりもしました。
学校が大好きで「長い長い誕生パーティのようだった」なんて。
それなのに、ちゃんと現代の物語なのです。そして、いきいきとした友人たちなのです。
育った家庭の問題。欠点ありすぎ(!)の母親(と父親)のことなどが、ポーリィの青春期に影を落としていて、
なんという子ども時代を押し付けられたのか、と傷ついた彼女のことを思うと胸が痛むのですが、
こういう事情もまた、読者を作中引っぱりまわして、目を回させる役割に一役買っていたりもします。
そんな時代の彼女を助け育てたおばあちゃんの愛情(甘やかすよりさっぱりと。
おおらかで、毅然とした態度は、気持ちのよいものでした)と、かけがえのない友人を見出していくこと、
また、たくさんの本たちと、想像力を駆使した世界(それを分かち合えるかけがえのない人がいたこと)に助けられたことなども、
温かく心に残ります。
そして、もうひとりの主人公(?)トムは、いかにも気の弱そうな外見と、何かもっていそうな匂い、などなどたまりません。
彼については、会うことを妨害されればされるほどに、その謎めいた魅力が、神秘的に色付けされて、ひときわ輝くのです。
たくさんの個性豊かな人々が、それぞれにいきいきとしていて、どの人もどの人もおもしろかった。
ポーリィの成長物語としても、十分読み応えのある物語になっていました。