倒立する塔の殺人

倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)
皆川博子
理論社
★★★★


>わたしたちは切り花なのだ。空想――あるいは物語――という水を養いにしなくては枯れてしまう。しかも、その水には毒が溶けていなくてはならない。毒が、わたしたちの養分なのだ。
戦時中のミッションスクール、図書館の本にまぎれてひっそりと置かれたそれはそれは美しい本。
蔓薔薇模様の囲みの中のタイトルは「倒立する塔の殺人」
しかし、以下白紙。
この本が文字に埋められていく。
暗い秘密とともに少女たちの手から手へとひっそりと手渡され。


耽美な毒を盛られたようなミステリでした。
レモン色の小花が快い香りを放つ、しかも猛毒だというカロライナ・ジャスミンの蔓が絡まるアーチのように、
物語は、入れ子になり、絡まりあい、どこまでが物語なのか、どこまでが真実なのか・・・
読者もまたその薫り高い毒にふらふらしながら、物語の蔓に絡められていくような・・・
この雰囲気、好きなのか、嫌いなのか・・・
ああ、くらくらする。


勤労奉仕の工場の昼休み。
少女達の歌う「青き美しきドナウ」、そのあまやかで端正な詩。見目麗しい二人の少女が鮮やかなステップで旋回する。
なぞめいたイニシャルの記されたドストエフスキーの「カラマゾフの兄弟」、たくみに引用されるバルビュスの「地獄」
エゴン・シーレやレンブラントの絵が幻影のように浮かび上がる。
そして、いつもいつも背景にムンクの「思春期」のあの少女の瞳が、そして、その後ろに寄り添う影が、ある。
ような気がしました。
それからシューマンの「流浪の民」の楽曲が、ずっとずっとわたしの頭の中から聞こえてくる。あのメロディが。
あの美しく心をざわめかす歌詞が。


目の前で次々に扉が開き、足を踏み入れようとすると、次々に音を立てて閉まっていくような不思議な感覚の物語でした。
一体どの扉から入ってきたのだろう。何処を抜けて何処に行くのだろう。
毒と知っていても、最後の一滴まで飲み干してしまいたくなるような、そして恍惚。
ミステリだろうがなんだろうが、もうどうでもいいや。
ただただ先へ先へ、何も考えずにひたすら進もう――そのようにして読み終えました。
読書は不思議。めくるめく快感。
現実世界に戻ってきてほっとすると同時に、もうしばらくこの世界にいたかった、と惜しい気持ちで本を閉じました。


「カラマゾフの兄弟」を読んでみたい。この本に出てきたその他もろもろの本たちも。
この本、かなり風変わりな古典文学案内としても、いけるかも、です。