出世ミミズ

出世ミミズ (集英社文庫(日本))出世ミミズ
アーサー・ビナード
集英社文庫
★★★


日本に住んで15年。詩作は英語よりも日本語で書いたもののほうが多くなってしまったといいます。
日本語――言葉を習得するセンスって、その言葉の意味を言葉で理解するより先に五感で感じられるかどうか、だと思いました。


たとえば、日本語学校時代、
みんなで千鳥が淵でお花見しながら、桜に寄せる形容詞として、先生が「いさぎよい」という言葉を教えます。
ビナードさんは、
  >未練たらしいところを一つも見せずハラハラと花吹雪、
   それが「桜のいさぎよさ」であるとパッとのみこめた。
   けれどなんとなく、嗅覚もかかわっているのでは、と思えた
と、ほとんど匂いのない桜のにおい(?)に「いさぎよさ」を見ています。
また、「寒い」と「冷たい」が英語にしてみれば同じ"cold"であること、
  >全身で感知する寒さ、体の一部が感じる冷たさ、
   その違いがだんだん身にしみてくるとナルホド、
   これは哺乳類ならではのセンス。・・・・・・
また、今ほど日本語が堪能ではなかったころ、書道の先生宅のおじいちゃんといっしょにラジオで落語を聞きながら、
「話のリズムや声の調子にひきつけられ、音楽の一種として落語を楽しんだ」話も、
アーサーさんの「言葉」に対するしなやかな感性が表れていて、面白い、と思いました。


どのエッセイのオチにもくすりと笑わされながら、さすが落語好き、と思いつつ、
中原中也の「帰郷」を引きながら、
  >米国の故郷へ帰るとき、かかわった雑誌や本をいくら運んでも、家族には読めない。
   蜃気楼のように自分の仕事が消え失せ、
   ぼくはなにをしてきたのだろうと、この「帰郷」を思い浮かべる
などというくだりを読めばちょっとせつなくなってしまいます。


達者な日本語は、語彙貧困なわたしなどより相当に裾野が広く、ユーモアと、ときにぴりっとした皮肉を忘れない。
おもしろかったのは、「歌舞伎町」を解説(?)する和英辞典の苦し紛れの英語!


また、ここぞというところではすっぱりと一刀両断の文章にどきっとしたり。
一時話題になった「声に出して読みたい日本語」については、
  >著者の解説が「宝物」を乱暴に扱っているとしか思えない。デリカシー抜きで。
といいます。もっと過激なことも言っていますが、とりあえず、引用はこれだけにしておこう(笑)
そして、最後に、小熊秀雄
  >「戦争に非ず事変と称す」と
   ラヂオは放送する
で始まる詩「丸の内」をあげ、
奇奇怪怪な語の言い回しで民衆をだまそうとする権力者たち(いつの時代、どこの国でも)に対する静かな憤りのうちに終わる・・・
風に吹かれるままに自転車に乗っていた著者はただの風来坊ではないのでした。

タイトル「出世ミミズ」とは、アメリカのミミズが大きさとともにその呼び名も変わる、ということに由来します。