11の声

11
11の声
カレン・ヘス 作
伊藤比呂美 訳
理論社
★★★


まず最初に、登場人物の紹介がある。11人の顔写真と簡単な紹介。
そして、始まる。
それは、11人の独白。かわるがわる語られる言葉たち。
まるでお芝居の台本のよう。
読者であるわたしは、最初の人物紹介と照らし合わせつつ、彼らのしゃべりをひたすら読んでいく。

その独白のとりとめのなさ、そして、いったい何が起こるのかさっぱり理解できず、ひたすらページをめくるうちに困惑が頂点に達して、とうとう訳者のあとがきを読んだ。
最初からそうしておけばよかった。
この物語の時代は、1920年アメリカの黄金時代。舞台はアメリカ北部の小さな田舎町。そして簡単な物語の背景が書かれていた。差別のこと。KKK団の活動など。
そして、再び、物語に戻る。

11人のそれぞれに異なった人々は、たぶん、町じゅうの人たちの声。
ほら、「世界が100人の村だったら」という本があったでしょう。あれの逆。11人に100を掛けたら、ある町の情景になる、ということではないかな。
たとえば、この本に出てくるアフリカ系アメリカ人は、レオノラ・サッターただ一人(と彼女のおとうさん)だけど、実際、彼女と同じ立場の人たちはもっともっとたくさんいたはずだから。

なかなか物語が見えてこなくて・・・
どうやら人種差別のことが書かれているようだ、ということは最初からぼんやりとわかる。
差別する人の最たるものがKKK団に入っている人。それから差別される人がいて、
それから、なんとなく、そのどちらかに組する人たちや、公平に物事を見る人や、無関心な人たちや、流されやすい人たち…などが浮かび上がってくる。
そして、彼らは、ずうっとその考え方や立場が変わらないのではなくて、互いに影響を受けながら、少しずつ変わっていく。

これはとても読みにくい物語です。
根気が必要だ、と思いました。
物語が見えてきたのは、後半でした。
黒人の少女レオノラがとても印象的で、彼女の言葉がとても響いてくるものだから、、彼女が主人公かな、と思っていたのです。
〈実際、だれかが"主人公”、という扱いはこの本のなかには無い)
ところが、途中からマーリンという18歳の少年から目が離せなくなりました。彼は高校生で、しかもKKK団員でした。
彼の差別のコトバがいやらしいのですが、あまりにもさりげなくて、彼の生活には常識のような感じ、これは読んでて傷つくな。
そのマーリンが変わっていく。そのゆっくりとした変わりように感動した。
だれも彼を変えようとした人はいない、みんな自分にとってあたりまえのことをしただけ。そのあたりまえさが、人を動かすのかもしれない。
それから農場経営者のセアラ・チッカリングと彼女が世話するユダヤ人少女エステルの関係もよかった。エステルと暮らすセアラのコトバからどんどん硬さがとれていくのが。
そもそも6歳のエステルのコトバは本当に太陽のようで、かなりシビアなこの本のなかで、わたしにとってもほっとできる癒しの空間のようでした。

アマゾンのレビューに「アメリカの良心」という言葉がつかわれていた。
うーん、良心かあ、良心、かなあ。

色々な人がいる。いろいろな考え方の人がいる。11人いたらみんなちがう。
意志の強いのも弱いのも、どっちでもないのも。
みんなが違っていることが大切なのかもしれない、と思った。正しいとか正しくないとかではなくて。
みんなが違っていられることのできる世界。

だけど、これで児童書?
どんな児童が手に取るかしら・・・
独白だけでつなぐ物語は、おもしろい手法ではあるけれど、とてもわかりにくいです。
わかりにくいうえになかなか事件がおこらなくて、
他の町で起こった事件が、この町とどうつながるのかつながらないのかも分かりづらい。
最後まで読めば絶対感動するし、素晴らしい本だと思うのですが、子供(中学生でも)に向けた本であれば、もうちょっとなんとかならないか、と思ってしまいました。
高校生くらいなら、わかるかな、時代背景とかも。(いや、アメリカの子なら普通に理解できるのかな。世界史に疎いオバサンだからねえ、わたしは。)