『迷子の魂』 オルガ・トカルチュク

 

迷子の魂

迷子の魂

 

 

とても良く働く人がいたが、彼はずっと以前に、どこか遠くに、自分の魂を忘れてきてしまった。
ある時、とうとう息が苦しくなった。彼は自分の名前さえ思いだせなかったのだ。
彼を診断した医師は、「どこかに落ち着ける場所を見付けて、そこでじっくり迷子になった魂を待つべき」という。
そこで、彼は街はずれにちいさなコテージを見つけて、毎日魂を待ちつづけた。幾年もすぎて、彼の髪は長く伸びて、顎鬚は胸に届くほどになった。


オルガ・トカルチュクの文章も素晴らしいのだけれど、それに呼応するようなヨアンナ・コンセホの絵が、本の作りが、それはそれは素晴らしいのだ。すべてが補完しあって、物語を組みたてている感じだ。
本から、空気が立ち上ぼり漂い始め、色が鮮やかに踊り始め、ページの間から、植物が茂ってくる。
家の中でこの本を読んでいると、いつのまにか空気が入れ替わり、豊かな緑の匂いに満たされている気持ちになってくる。


訳者の言葉(あとがき)は「じぶんをさがして」
「本書は、「じぶんさがしの物語」と言い換えられるだろう」と書かれていて、あ、なるほど、と思う。
だけど、このじぶんさがしは、あちこちさがして動き回ることではない。一か所にとどまり、あちらがこちらを探し出してくれるのをじっと待ちうけることなのだ。
動かないことが、動くことよりも大きな意味を持つのだ。


わたしは、どこかにコテージをもつことができるだろうか。
実際に手にいれることはむずかしいが、空中楼閣(空中小屋)みたいなのでいいと思う。
わたしだけが知っている場所に、わたしだけのコテージを持ちたい。
そこで、小さな植物が、芽をだして、すこしずつ育っていくのを、日々眺めつづけるのだ。
わたしは、そこで植物のリズムで呼吸する。呼吸しながら、いつか、ドアを叩く音が聞こえるのを待つ。