昭和39年のこどもの本で、文章は少しばかり古めかしい感じがする。だけど、そのおかげで、なんとなく懐かしい場所に帰ってきたような読み心地でもあった。
母が死んだとき、マリオは12歳にもなっていなかった。ほかに身内がいないので、孤児院に送られることになっていたが、彼はそんなことを望まなかった。そして、一人でずっと森で暮らそうと、家を逃げ出して、森の奥へ入っていく。
みつけたのは小さな小屋で、そこにはゴイサギばあさんと名乗る魔女のような老婆が住んでいた。
ゴイサギばあさんは、マリオを匿えば、彼を自分の役にたつようにしつけられるだろうと思った。
口を開けば意地の悪いことばかりのばあさんだったけれど、マリオは最初からわかっていた。ばあさんが、ばあさんにしかできない芸当で「やさしさと、きびしさのまじったほほえみ」を浮かべる人であることを。魔女のようなばあさんは、本当に魔女のような知恵の持ち主だということを。
二人は一緒に暮らし、いつのまにか、本当の祖母と孫のようになっていく。
マリオは森の暮らしにすぐになじんだ。森の精のように自由自在に飛び回る。
それは荷が勝ち過ぎはしないか、と思うような深刻な場面でも、なんとか自力で切り抜けて、思うさま、生きていた。
間違えて子鹿を射殺してしまったり、森番に捕まってしまったり、取り返しのつかない苦い失態もあったけれど……。
彼は森そのものだった。彼という存在が、森だった。
森の匂いが、本のなかから広がってくるようだった。
ドイツの森の広さ深さ豊かさを存分に味わった。
この生活がどんなに喜ばしいものであっても、いきいきとしたものであっても、ずっと続くわけがないだろう、と読みながら思っていた。
ここは、閉じられた世界だ。いつか出て行かなければならない楽園なのだ。
「人間の魂というものは、世間のきらびやかな、まやかしの中で花を咲かすものじゃございません。神さまが魂にほほえみかけるところで栄えるものですよ」