『ホロー荘の殺人』アガサ・クリスティー

毎週末、ヘンリーとルーシーのアンカテル卿夫妻のすまいであるホロー荘には、お馴染みの親戚たちが招かれる。みんな(一人を除いて?)ここで過ごす週末を楽しみにしているのだ。
もてなし上手なミセス・アンカテルとの会話はことば遊びのゲームのよう。周囲は、そぞろ歩くのも楽しい森。
だけど、この日。親戚たちとともにポアロが昼食に招かれた日曜日に、殺人が起こった。
到着したポアロの目の前で、被害者は息を引き取ったのだ。劇的なまでに親戚一同に囲まれて。それはまるで森を劇場にした舞台の「殺人場面」だった。


まずは、この邸の佇まい、住まう人々の雰囲気に魅せられる。
捜査にやってきたグレンジ警部はポアロに言ったものだ。
「この雰囲気には何かありますね」
なにかある……
アンカテルの一族の一人は言う。「木霊! わたしたちは現実の人間ではないんです」と。
またほかの一人は言う。「(アンカテル一族は)鬼火のようなもの、捉えどころがない、妖精じみた冷たさを内に持っている」と。


それぞれに個性的で……というより、登場人物一人一人、その姿がまるで芸術作品のように思える。
その人その人の魅力は、内からあふれてきて、読めば読むほどに豊かに輝きだす感じで、目を見張ってしまう。
犯人捜しがどうでもよくなるくらいに、深みのある人びとではないか。
この雰囲気にもうちょっと浸っていたいくらい。何も解き明かしてほしくないくらい。(実際、とても凝った仕掛け、巧みなトリックに驚くのだが、それでも、それでも。)


だって、思ってしまう。
もし、この事件が解決したら、この人たちの集まりは消えてしまうのではないか。今の寄り添い合った群像だからこそ匂い立つような不思議で怪しげな雰囲気は二度と戻ってこないのではないか。通り一遍の親戚づきあいはきっと続くだろうとしても。
殺された人までも含めての、美しく怪しげな、冷たくてやさしい、木霊たちの館……


やがて、幕をひくポアロの言葉も、不思議な響きだ。
「さあ、お帰りなさい。あなたは生きている人のところへ行くのです。わたしはここで死者と一緒に残っています」