マルテの手記

マルテの手記 (新潮文庫)

マルテの手記 (新潮文庫)


難しいだろうと覚悟して読んだけれど、やっぱり難しかった・・・
というよりも、
たった一読で「難しい」と言うことや、それなのに感想を書こうとすることが、そもそもすごく不遜なことなのだと思う。
それでも、やっぱり書いておきたい。
わからないままの、一読目に感じたこと。


マルテという孤独なパリに住まう貧しい青年の手記は、
文学に対して感じていること考えていること、自分の過去・家族のことなどを、ほとんど脈絡なく記したものです。
幼い時から、死や死人、幽霊たちが、彼をとりまいているように思えた。
ほんとうにそうだったのか。青年になったマルテが振り返って、そういう記憶ばかりを拾いだそうとしているのか・・・
それは気味が悪い、という感じじゃなくて暗いけれど魅惑的なものに思える。
愛も、文学も、死につながるような気がする。暗がりのなかに灯された光のような感じ。
名声に背を向け、名声を憎んだ。あまりにも純粋でストイックな魂。
名声がこの世的なものだとしたら、「死」は、文字通りの「死」ではないのかもしれません。
たぶん精神的なもの・・・研ぎ澄まされた感覚で高みを見つめようとする何かなのかもしれない。
そして、マルテの「愛」は、「死」や「幽霊」たちの仲間のようなのです。
この世からも、肉体からも離れた・・・とらえどころがないのだけれど、明るい何か。
もっともっと読みを深めれば、違う印象を持つのでしょうか。


難しい、といいながら、不思議に楽しい読書でした。少しずつゆっくりと読みながら、この本に向かいあっていることに幸福を感じていました。
「ああ、もうついていけない」と投げ出すことなく読み続けたのは、物語にきちんとしたストーリーがないせいだと思う。
これは宝探しのような読書でした。
もちろん難しいのです。正直わからないのです。
とりとめもないように思えて・・・でもそのとりとめのなさが楽しんで読むことを促してくれたような気がします。
わからないから何度も同じフレーズを繰り返して読む、前のほうを振り返って読む・・・
意味深長な言葉みたいだけど、今はここまでかな、とあきらめて、先へ。
すると、突然、はっとする、目の覚めるような言葉に出会って、姿勢を正す。
でも、それは一瞬で・・・
そんな繰り返しの読書でした。
たくさんの付箋が貼ってある、その一部を書き抜きます。

>僕はここにすわって一人の詩人を読んでいる(中略)僕は楽しい。僕はここにすわって、一人の詩人を持っているのだ。(中略)僕はここで書物をひろげている人間の中で、いちばん貧しい男に違いない。しかも外国から来た人間だ。その僕が一人の詩人を持っている!

>名声はおまえをまきちらし、おまえという詩人を毒にも薬にもならないものに変えてしまうのだ。

アンデルセンの『絵のない絵本』の絵描きがときどきマルテに重なりました。