十字路のあるところ

十字路のあるところ十字路のあるところ
吉田篤弘坂本真典
朝日新聞社
★★★★


吉田篤弘さんの短編6つ。
タイトルがどれも摩訶不思議で素敵なのです。
「雨を聴いた家」「水晶万年筆」「ティファニーまで」「黒砂糖」「アシャとピストル」「ルパンの片眼鏡」
タイトルを読み上げただけで、これから始まる物語への期待がいっぱいになってしまいます。

どれも、ほのかに温かく、ほのかなユーモアと品のよさを感じる物語です。
そして、不思議な物語。その不思議があまりにさりげないので、これはほんとに不思議なことなのか、(不思議があるのが)当たり前のことなのか、わからなくなってしまいそうな物語です。
そして文章がいいのです。「雨を聴いた家」の第一文なんて「水が笑う、と確かにあの本にあった」ですもの、激しく好みです。

どれもそれぞれに主人公も舞台もテーマも違うのですが、共通するのは、時代に取り残されたような古い街。
十字路が出てくるのですが、大都会の交差点のような、車や人が繁く行きかうような場所ではありません。
そしてそこはまっ昼間の快晴よりも、雨が似合ったり、夜中や夕暮れが似合ったり、どこかぼんやりと煙るような感じが相応しいような雰囲気なのです。
物語そのものも、ささやかです。
不思議なんだけど不思議じゃないような、そしてとても粋だし、大きな盛り上がりはないけれど、それだからこそ感じる行間の気配のようなものに焦点を当てている感じ。

物語一つ終わるたびに坂本真典さんの一連のモノクロ写真が現れます。傾いたアパートや、ちょっと不思議な駐車場、古い商店や、階段のある坂道、だれもいない操車場などなど・・・
写真だけをみてもとても味わい深いものですが、これが、物語を読み終えたまさにそのタイミングで現れると、不思議、この物語の主人公達の靴音や会話、物語の中で聞こえていた雨の音などが、ちゃんと聞こえてくるのです。
物語にぴたりと寄り添う感じで。
歩くたびに、靴底が「S、S、S・・・」となる廊下は、一目でそれと知る。この廊下以外ありえない。
印象的なのはもと銭湯だという駐車場。思わず笑ってしまいますが、こんな場所、よくみつけたなあ〜。銭湯の壁をそのままに駐車場にリニューアルって、これやった人もすごいなあ。と思わせてくれるすばらしい写真。ちょっと行ってみたいです。

物語、どれもそれぞれに好きですが、お気に入りを一つあげるならば「ルパンの片眼鏡」です。
街の路地裏に住む隠居した怪盗ルパン。おかしいでしょ。なのに、なんとなくかっこいいのです。
片眼鏡というのは、落としてしまった片方の青いコンタクトレンズなのですが、このレンズが縁で出会うルパンと大学生の関係もすてき。
片方なくしてしまったために片目が黒で、片目が青い、というのもなんだかいいです。
ルパンのその後も『ルパン』という名にふさわしい潔さだし、なくなったコンタクトレンズもなんとも美しい小道具になっているのがよいです。洒落たお話。

装丁もすてきなのです。さすがのクラフトエヴィング商會のこだわりです。
小ぶりの本の形はやや正方形に近い長方形だし、カバーは布の織り目を思わせるようなオフホワイトの地紋入り。そこに書かれたタイトルも、挟まれたしおりの紐も深みのある緑。
持ち歩くのが嬉しくなる本。