シカゴよりこわい町

Chicago
シカゴよりこわい町
リチャード・ペック
斉藤倫子 訳
東京創元社
★★★★★

シカゴに住む兄妹ジョーイとメアリ・アリスは、毎年八月になると、一週間ほど、祖母のところにとまりに行く。
田舎町に住む未亡人の祖母は型破りで、・・抜け目ないし、したたかで、口八丁でどんな相手もやりこめてしまうから、だーれもこの人に勝てる人はいません。
毎夏思いもよらない体験(でも決して親には話せない)をすることになるジョーイとメアリ・アリスの兄妹。
8歳と6歳だった1929年から、最後におばあちゃんを訪れた15歳と13歳の1936年までの8つの夏の短編集。

おばあちゃん最高です。
一章、二章、と読み、三章のタイトル「女一人で犯罪急増」と読んだだけで、もう大笑い。ここまで読めば、そろそろわかってきたもの。このおばあちゃんがどんな人だか。

法に従って悔しいおもいをしたことや、義理に挟まれて言いたいこともいえなかったり、結局弱いものは泣き寝入り・・・これが正義だろうか、でも、世の中なんてこんなもの・・・とためいきつくこともあるのが、現実。
そこで、おばあちゃん。
思いっきりスカーッとさせてくれるし、知らん顔してたり苦虫噛み潰したような顔してたりするけど、なんともあたたかな気持ちにさせてくれるのですよね。
独自の流儀、独自の正義を貫いている。ただものじゃないのです。

最初こそとまどっていた兄妹も年々このおばあちゃん流儀になれていきます。
兄妹が泊まりに行っても、歓迎されるわけではなし、仕事はばんばん言いつけられるし、気の合う友達が待っているわけでもなく、普通の日常がつづく・・・
だけど、この日常の豊かさ。二人が味わう夏のなんという濃さ。

アメリカの大恐慌の年なのです。この7年間は。
アメリカ全土に浮浪者があふれ、銀行はつぶれ、農民は土地を追われ・・・みんな自分のことに一生懸命で他人のことをかまう余裕なんてなかっただろう。その不況の波はおばあちゃんの住む小さな町にも押し寄せる。
そんな時代に、子どもが体験する「豊かさ」ってなんだろう。これ以上のものはないはずの豊かな夏。・・・そんな夏が、「銃はぶっ放す、大法螺ふいて、法を犯して、密漁する」の派手な外観の後ろに隠れていました。

どれが一番好きな夏だろう、と考えました。
最初は「ブレーキマンの幽霊」と思ったけど、もちろん「羽のあるもの」のカード取替え事件は外せないし、「ショットガン・チータム」でバンバンバンぶっぱなす豪快さも捨てがたい、ああ、「女ひとりで犯罪急増」のあの川くだりの痛快さは忘れてはいけない。
・・・もうどの話も痛快で痛快で、甲乙つけがたいのです。

女性たちの存在感の大きさにも拍手です。
おばあちゃんだけではなくて、やたら癖のあるおばさんがたくさん出てきました。
エフィ・ウィルコックスさん。おばあちゃんに「あの女の舌は真ん中に付け根があって、両側がひらひら動くんだ」とまでいわれるマシンガントーク。おばあちゃんの宿敵にして盟友(?)。
ワイデンバック銀行家夫人。お上品ですが、実はなかなかに腹黒、いえ、奥が深い方ですわ。あなたの上品な懇願はいつでもおばあちゃんに火をつけてくれましたっけねえ。
この町の男たちよ、この輝ける女たちの後ろで、あなたたちはいったい何しているの?
そうそう、メアリ・アリス、あなたも。どんどん成長する彼女に目が釘付け。最後に13歳のメアリアリス、君は確かにお兄ちゃんより賢くなったね。
  >「なにもわかってないのね。男って、ちっとも女のことがわかってないんだから」
うふふ、もっともっと賢く美しくなれ、メアリ・アリス。女たるもの。おばあちゃんの孫たるもの。
そう、この本はメアリ・アリスの成長記の一面もあるのでした。

最後に1942年、第二次世界大戦が始まっています。
22歳のジョーイは、軍隊に入ります。
この年、最後におばあちゃんに会います、一瞬。この一瞬!
ジョーイ、あんたは一生忘れないだろう、この一瞬を。私の目にも、色つきで鮮やかに浮かび上がったその光景・・・すごく鮮やかに心に残ります。
この本を読みながら、いつもおばあちゃんの型破りで大きな存在感におおらかに笑っていたのだけれど、その一方でなんだか不安がちろちろと心の片隅にあったのです。
それが最後に、この場面で、はっきりしました。
わたしはおばあちゃんの、いつか来るはずの「死」が怖かったのです。
年をとる、ということは、「死」の隣に、近づくということだ、と思うのです。
戦争に行くジョーイ。これもまた「死」に向かっていくことのように感じます。
ここで、おばあちゃんとジョーイとが目配せしあったような気がしました。
「死」に一番近い場所から、もうひとつの「死」に一番近い場所へ。
たぶん、それは、生きよと。
それはささやかではない、巨大な存在感でせまる、大きな命の炎のメッセージでした。
・・・泣かずにいられなかったよ・・・