灰色の輝ける贈り物

灰色の輝ける贈り物
アリステア・マクラウド
中野恵美子 訳
新潮クレストブックス
★★★★


カナダの作家マクラウドの短編集。
いずれも舞台はケープ・プレトン島。そこは、スコットランド移民の島。
小さな島で、石炭の採掘や漁業を生業とする人々。父もその父もその父も・・・また妻の父も兄弟もみな、そうやって生きてきた。
土地は貧しくて、仕事はきつく、人々の暮らしは苦しかったけれど、それ以外の生き方は考えられなかったし、何よりも家族を大切にひたむきに誠実に生きてきた人々。

しかし、長い年月の果て、もはや、この島の産業に明日は無いのです。
炭鉱はいずれ消えていくでしょうし、小さな沿岸漁業だけでは生計がたたなくなっていくでしょう。
それでも、この島にへばりつき、細々と生活していく人々。子供たちにも父のように暮らすことを望む母親たち。〈それ以外の生活は考えられないから。島の外の世界は考えられないから)――それが「人生」というものだ、と信じているから。

しかし、子供たちは、学び、成長し、島を出て行く。彼らにとって人生は「未知」であり、遠く果てなく広がっているものだから。
弁護士、歯科医、教師・・・となり、都会へ行き、豊かな生活を始める。

親子の葛藤…と言ってしまえばそれまでですが、
子供たちは、ふるさとを捨てても、決して親を否定しません。
自分の血がこの人たちから続いていることを誇ってさえいるように感じます。
「教育」も「良い暮らし」も、彼らは便宜上持っているが、〈そういうものを一切持たずに来た)親の人生に敬意を払っている・・・
もしかしたら〈親たちの)「人生」はたえまなく続く「日常」の延長線上にあるのかもしれません。その「日常」を黙々と続けるその誠実な勇気。
島を出て暮らす子供世代の(そして作者の)根っこはいつもケープ・プレトン島にある・・・地味で、たぶん百年前とまったく変わることない親たちの生活のなかに。

それをあらゆる角度から切り取って見せてくれたような短編集でした。
どの話も印象的で心に残りますが、いくつかを取り上げてみれば・・・


「灰色の輝ける贈り物」(表題作)
ビリアードの賭け金を父にプレゼントしようとするジェシーと頑固に拒否する父。だけれど、根底にあるのは父母の深い人生観。
ジェシーもそれをほんとうはわかっている。でも、そのまま受け入れることはできない。
ジェシーが選んだ方法がよかった。これで「灰色の贈り物」に「輝ける」というコトバがくっついた。とても大きなこと。それは全く違うものになった――彼をちゃんとした大人にしてくれたエヴェレット・コーデルさんがとてもよかった。

「帰郷」
モントリオールで、裕福な両親のもとで育ったアレックス〈10歳)
父の故郷ケープ・プレトン島で初めて父方の祖父母やいとこたちと会う。モントリオールの生活や母方の祖父の価値観とのちがい。
180度違う父の故郷の暮らしとモントリオールの暮らしと、両方とも吸収して、素直に自分のものにしていくアレックスのしなやかさがいい。
大人になる前にここに来られてよかったね。

「秋に」
その馬とその家族は長年一緒に生きてきた。でも売ってしまうのだ。年をとってもう働けなくなったから。
この馬をめぐる父、母、少年、その弟、四人の気持ちが描かれていく。それぞれに全く違う方向を向いているように見えるが、彼らの思いはそれぞれがちゃんとわかっている。家族だから。
その彼らを見つめる作家の温かい目を感じずにはいられない。

「失われた血の塩の贈り物」
島を訪れた一人の旅人。
彼は、その家族にとっては、いや、親を失った一人の少年にとってかけがえの無い人だった。
彼が目的を果たさず、また少年に名乗らずに去っていった事情。彼の島での心のありようの変化。
ほんとうにその人にとって価値ある人生ってなんだろう。ほんとうに賢い、ってどういうことだろう。
静かな、ゆっくりとした時間の流れと気持ちの変化。なんと丁寧な物語だろう。私はこれが一番好き。

「夏の終わり」
これが最後のお話でした。
ひとりの男の独白ですが、親の世代から子の世代への贈り物のようでした。
物語の締めくくりに相応しい・・・


どれも、とても美しい文章なのですが、決して生活を美化しているわけではありません。
過酷な自然、厳しい労働、食べることだけで精一杯の日々。たくさんの子を産み、育てて・・・。
明日があろうがなかろうが、ひたすらに今なすべきことだけをなす生活。あくまでもつましく、何よりも誠実に。
丁寧に写し取られた島の人々の横顔は、正確無比なデッサンのようでした。