『ビビを見た!』  大海赫(作・え)

30年ぶりのブッキングからの復刊本「ビビを見た!」
でも、わたしが図書館で借りた本は、1974年理論社から出た初版本。

以前読んだ「メキメキえんぴつ」で予想はしていましたが、やっぱり圧倒されました。 好きではないけれど、一度読んだら忘れられない印象を持つ本、と思います。

生まれながらに目が見えない少年ホタル。ある日、不思議な声が聞こえます。「お前の望みを叶えて7時間だけその目をあけてやろう。」
しかし、ホタルは、目が見えるようになりたい、と望んだことは一度もなかったのです。見えないことが苦痛だと感じたことはなかったといいます。
耳から聞こえるのは美しい鳥の声だけではない、聞きたくないものも同時に聞こえてしまうように、見えるものも、決してよいものだけであるはずがない。
年端もいかない子供にこういうことを言わせるのだ、大海赫という人は。この言葉にわたしは、「メキメキえんぴつ」で感じた暗くて深い大穴のようなものをまた感じてしまう。


  >ぼくのまぶたに、たくさんの、すごく小さい、あやしい虫が、
   羽音もたてずにたかるのだった。
   ところが、ほんとうは、虫じゃなかった。
   それが、光っていうものだったんだ。

少年の目が光を感じて、初めて見えるようになる描写がすごい。だれが光を虫に喩えるだろう。こういう瞬間を味わったことのない私でも、感じる、初めての光体験。

さて、ホタルの目が開いたとき、おかあさんや飼い猫の目は、見えなくなっていた。
それどころか、町中の人の目が見えなくなっている。
突然、テレビのニュースが「敵が来た。女・子供・年よりは駅から特急列車に乗って逃げるように。男は駅に集合して、敵を迎え撃つように」と叫びたてる。
敵というのは誰なのか、何なのか、どこから来るのか、だれも知らない。
どこへ逃げるのか知らないままに特急列車に乗り込む。
そこで見たのが背中に羽のある緑色の少女、ビビ。
ビビを追いかけて巨人ワカオが手足から鎖をひきずりながらやってくる。

目が開いている7時間の間にせめてきれいなものを見ようと思うのに、それどころではないホタル。
パニックの町。たくさんの死。ぎゅう詰めの列車のなかじっとしているしかない自分。

ホタルの目をあけたあの声はなんだったのか。
ビビやワカオはどこから来たのか。
さっぱりわからない。

挿絵は、木版画。黒と白の絵のなか、大勢の人間たちの目だけが赤くて、こわい。
赤い色がたくさん出てくる。
血の色、子供の洋服の色、夕焼けの色。

ビビの緑色が美しく輝いている。

ホタルの目が開く瞬間を胎児からひざを抱えて上を向いた子供の姿への変化であらわしている。
そして、最後のページには真っ暗な中、地蔵。なぜか地蔵。
なんとも不気味な話。たくさんの人が死んで、一体この事件はなんだったのだろうと思う。
もっとも「この世に生きていく」ということは、なんだかわからない不条理のなかに投げ込まれるようなものかもしれない・・・

それでも、読み終えてから、時間がたつに従って、ホタルが、見えなくなる最後の瞬間まで見つめていたビビの緑色の姿が目に焼きつくようにして明るく蘇ってくる。

この暗く怖ろしい背景は、この一瞬の輝き、儚い美しさを際立たせるための一種の祝祭のようなものなのではないか、という気持ちになってくる。
心に潜む恐怖や荒みを祓い、美を再認識させる祭り。
ここでも大海赫いしいしんじが似ているような気がしている。