『低地』 ジュンパ・ラヒリ

低地 (Shinchosha CREST BOOKS)

低地 (Shinchosha CREST BOOKS)


インドの革命運動に身を投じた青年は、自宅近くの低地で射殺された。
その瞬間が永遠に刻印された点のようだ。
その一点から、人々の人生が放射されているような気がする。
始まりはその一点なのだ、と思う。すべての起点はきっとその瞬間なんだ、と思う。
その後はもとより、それ以前も、その瞬間から始まり後ずさっていく感じ。


兄、妻、父、母、それからまだ生まれてもいない彼の子どもにとってさえも(何も知らないままに)、彼は、それぞれの半身のような存在だった。
その一瞬に半身を置き去りにしたまま、残りの半身が、そこから必死に外へ出ようともがいているような・・・
あるいは、動かない半身を求めて、必死にそこに戻ろうとしているような・・・
そんな印象の群像。
でも、決して繋がりあうことはできないんだ。それは当然だ。だって、彼らの人生は、その点から放射しているんだもの・・・


重苦しい。
それなのに、それなのに、鬱鬱としたやりきれなさを振りまきつつ、不思議にエネルギッシュだ。
エネルギッシュな鬱ってどうかしら、と思うのだけれど、ずっしりと重たい「起点」を引きずりながら、必死にのたうち回る人びとが、たまらなく愛おしい。
どの一人の人生も、愛おしい。
語った言葉も語らない言葉もそのまま、静かに心に落ちてくる。
一点から離れ、戻り、また離れ・・・そして、ああ、そうか、決して結ばれるはずのない人びとは、その一点において結ばれているのだ。
その結び目がとても明るく見えるのだ。(明るさとは永劫に無縁だと思っていたのに)眩しくて、胸がいっぱいになってしまう。
ゆるやかに、起点を離れるときがくるのだろうか、忘れることもあるのだろうか。遠く遠く。
私には、あちこちに、ほかの起点となるべき無数の点が見え始めている。空いっぱいの星みたいじゃないか。