クレイジー・レディー!

クレイジー・レディー! (世界傑作童話シリーズ)クレイジー・レディー! (世界傑作童話シリーズ)
J・L・コンリー
尾崎愛子 訳
福音館書店
★★★★


>「今でも、あのふたりが夢に出てくるんです。あれからもう、二年になるっていうのに。」
貧乏の中の貧乏で、だらしなくて、だけどいつもド派手な格好をしたアル中のマキシンと知的障碍をもった息子のロナルドのことだ。
いつもだれかにいじめられるんじゃないか、とおびえた目をした息子を腕に引き寄せて、通りをのし歩いていたマキシン。
反応がおもしろい、とものすごい悪態をつく悪がきどもに悪態をつき返しながら通りのど真ん中を歩いていたマキシン。
夢に見るのは夢が表に出たがっているからよ、とミス・アニーは言う。そしてヴァーノンはこの物語を書いたのだ。
マキシンとロナルドとの出会いを。彼らの生活を。彼らとの交流を。彼らに対する思いを。


ヴァーノンの母が亡くなった。父と5人の子どもをのこして。やさしい母だった。
家の中はその後ずっと母の残した空洞を埋められずにいる。
ヴァーノンは野球が好きだった。プロ野球の選手になれると思っていた小学時代。
少なくても仲間内ではかなりの腕だと思っていたのに、中学では野球チームに入ることができなかった。
勉強は苦手。落第したこともあるし、今も落第ぎりぎりなのだ。
それでも母さんがいたころは最後まであきらめないことをほめてくれた。今はただの頭の悪い子だ。
家には余裕なんてない。特別な補講を受けることなどもってのほか。
家族はみんな自分のことにいっぱいいっぱいだから、誰にも相談なんてできない。
・・・ヴァーノンの八方ふさがりの孤独感に、苦しくなる。
だけど彼は腐っていかない。「もう絶対落第したくない」と・・・最悪の成績の英語をなんとかしなければ、と悩みます。
この状況で、どうとでもなれ、と投げないでいられるのがすごいです。だめな子じゃないのです。


そんなときマキシンとロナルドに出会うのです。いつも悪態をついていた、ただの変人でしかなかったマキシンと「話す」。
マキシンの紹介で、もと学校の先生だった老婦人ミス・アニーに毎日英語をみてもらうことになります。
そのかわりにミス・アニーが要求したのは、マキシンの身の回りのことの手伝いでした。
メチャクチャな庭を片付けて菜園にする手助けをする。ロナルドといっしょに留守番をする・・・
いやいや手を貸していたヴァーノンですが、マキシン親子と付き合ううちに、いろいろなことがわかってくるのです。
マキシンはアル中で、だらしがないけど、ロナルドには愛情深い母親であること。
ただおかしな格好をしておびえているだけのロナルドと思っていたけれど、感情豊かで、かなりいろいろなことをわかっていること、など・・・
また、地域の人々(どの人々もとても貧しいのですが)この二人に対してあたたかい思いやりをもっていて、
なんらかの助けの手をさしのべていることなど・・・
ヴァーノンは見た目だけではわからないことをたくさん知るのです。
そして、やがて、この二人に、本当に力になりたい、と思うようになるのです。
ことに公的な福祉機関が、ロナルドの育児環境を危ぶみ、彼をマキシンから取り上げようとしているらしい、と知ってからは余計に。


そうして、マキシン親子と付き合ううちに、ヴァーノンは自分の家族にも目を向ける余裕が生まれてくるのです。
寂しいのは自分だけではなかった。
夜遅くまで眠れずにラジオを聴いている父。
姉は恋をする暇さえなく家族の面倒をみていた。
兄は頭がよくていつも自分を馬鹿にしていると思っていたけど、ひとりぼっちだった。
自分より小さい弟と妹は・・・自分以上に母親が恋しいのです。
いつも図書館につれてってくれた本を読んでくれた母はもういない。甘える相手はいないのです。
自分のことでせいいっぱいだったヴァーノンは、今まで家族を振り返る余裕もなかったのです。


そして、再びマキシンとロナルド。二人がいっしょにこの町に住めるように、と奮闘するヴァーノンがいじらしい。
ロナルドに対する態度がどんどんやわらかくなっていくヴァーノンがいいのです。優しいのです。
そして、ほんとうの友情が生まれることが。
酒をやめよう、生活を整えようとマキシンも努力をするのです。こつこつとそれはそれは小さな小さな努力の積み重ね。
だけど、あらしのようにその小さな積み重ねを一瞬のうちにふいにするような暴挙に出てしまうマキシン。
「努力したんだよ」と頬を涙でぬらすマキシンのみじめさが切なくて切なくて、
これがアルコール中毒というものなのか、と思います。ヴァーノンの無力感を思うとやりきれないです。
酒を飲むたびの育児放棄は、周りのあたたかい助け手により、なんとか乗り切れないだろうか。
どんなことがあろうとも母親の愛情にまさるものはないだろうに。感情がそういう。
だけど、もう一方で考えている。「無理だ。こんなことが続くわけがない。」


書くことが苦手なヴァーノンは、ミス・アニーの薦めにしたがって、この物語を書いた。
この物語を書いたヴァーノンは、辛いけれど、ここから成長することができる。それに彼には家族がいる。
でもマキシンは?マキシンはどこへ行ってしまったのでしょうか。
どこかでがんばってアルコールと縁を切って、ロナルドに会いに行く日がくるでしょうか。
そうあってほしい、と祈るしかないです。