愛人(ラマン)

愛人(ラマン) (河出文庫)愛人(ラマン)
マルグリット・デュラス
清水徹 訳
河出文庫
★★★


短く切れた一文一文がが続きます。それはほとんど単純な現在形と過去形で綴られている。
寄せては返し、寄せては返し・・・さざ波のようなリズム。詩のようでもあり、独特の美しさがあります。
そして、脈絡がなくて、その前後の事情も、あるいは誰のことを語っているかということすら、
ときどきわからなくなってしまう独特の文章でもあります。
作者の自伝的作品といいながらも、突き放したような遠さのある文章でもあります。
感情的な言葉はなく冷静で、まるで第三者のことを醒めた目で見ながら、
まるで「どうでもいいんだけど」と言いたげにナレーションしているように感じました。


「十八歳でわたしは年老いた」という言葉。だれかの愛人(愛などなかった、ただ金のために)になったのは十五歳のとき。
衝撃的なこういう言葉にも関わらず、極端な環境に育った一人の少女の青春記のように感じました。
育ったのは仏領インドシナメコン河のほとり。
貧乏暮らし。生き方が下手で、少し精神的に病んだ母。
兄が二人いるけれど、母親に盲目的に愛される長兄は残虐な性格を持ち、何もかもをギャンブルにつぎ込む与太者。
「わたし」は長兄を嫌い、次兄を深く愛するが、その次兄は気管支肺炎であっというまに死んでしまう。
白人居住区に住みながら、他の白人達からは軽蔑され、それでも現地の人たちに対しては、白人としてのプライドを振りかざす家族。
この一家の中にいて感受性の強い「わたし」――奇抜な行動を起こせば起こすほどに、彼女の孤独が際立ち、胸が痛いのです。

>母は思慮に欠けていた、支離滅裂たった、無責任だった。母はそうしたすべてであった。母は生きた。わたしたちは三人とも、愛を越えて、母を愛した。
と書いている。
「わたし」は母に愛されたかったのだ。愛人ではなくて、母に。


愛人との濃密な時間を丹念に描けば描くほどに、彼女の、愛情を求める孤独さが募るよう。
奇矯な服装、超然とした態度・・・どれもさびしさの裏返しのように思えてくる。
ぎょっとする描写は多いけれど、それでも一皮向けばティーンエイジャーの少女のピュアさがそこにあるように思うのです。


「母親を殺したい」「兄を殺したい」という言葉が何度も出てきますが、
激しい憎悪を裏返せば「愛されたい」という切ないような願いが溢れているのです。
彼女にとって愛人であるということは、肉親を殺すことであり、肉親の愛をむさぼることでもあったでしょう。


18歳で悟りきってしまうような感受性の少女が、このような環境で、生き延びただけでもたいしたものだと思うのですが、
彼女は、愛人と別れた後、「いくたびもの夜また夜のなかに溶けこみ見失われてしまった夜」を経て、
その夜、初めて、別れた愛人に対して「その愛を見出したのだった」と気づくのです。
この気づきによって彼女が救われているように感じました。
地獄のような青春時代を生き延びてここまで来たのだと。