『とぶ船(上下)』  ヒルダ・ルイス 

ピーターは、ラドクリフの町の、今まで見たこともない横丁に迷い込んで、不思議なお店で小さな船を買います。この船は魔法の船でした。行き先を告げさえすれば、それが世界中どこであろうと、いつの時代であろうと、空をとんでつれていってくれるのです。
ピーター、シーラ、ハンフリ、サンディの4人兄弟は、エジプト、神話時代の北欧、ノルマン人が支配していた頃のイギリス、など、さまざまな国や時代にとび、思う存分冒険をするのです。

「メアリーポピンズ」などに感じるのと同じ、イギリス中流家庭の子供部屋がここにもありました。――おかあさまは大好きだけれど、子供達の養育に直接関わっているのは乳母やばあやたち。夕方のデイナーとは別の、眠る前の夕飯(サパー)はチョコレートビスケットやほしぶどう、炭酸入りレモネードなど。

展開がゆっくりで、子供達がお行儀よくて、やっぱり現代っ子とは遠いのかもしれません。
好きな冒険は、エジプトにファラオの墓を見にいったときのこと、考古学者のニコールズ氏に、ファラオの墓にきざまれた不思議な絵の話を聞くときのこと。ピラミッドの時代にバイキング風の空とぶ船に乗った四人の神が現れて王家の危機を救ったことが描かれている。では、そのあとの四人の冒険は? わくわくしてしまうではないか。
また、ウィリアム制服王の時代の姫マチルダと仲良くなり、現代の子供達の家に招待するくだりも好き。互いに素晴らしい思い出を作りながら別れには「私は、私の時代のなかで、わたしらしく生きていかなければなりません」と言うマチルダのけなげさがかわいい。
最後には、ピーターが、船を正当な持ち主に返すためにたったひとりででかけていきます。このくだりはさびしかった。子供が大人になる、喜びと寂しさがともに描かれているように思えて。

子供達はさまざま冒険をする。それは本当にあったことなのか夢の中のできごとだったのか、あるいはすべて忘れてしまっても…子供時代の冒険は、大人になってからの自分をこんなふうに豊かにするのだよ、というメッセージを感じて、魔法のおわりをさびしがりつつ、これでいいのだ、と本を閉じる。