『夜と朝のあいだの旅』 ラフィク・シャミ

 

夜と朝のあいだの旅

夜と朝のあいだの旅

 

 

各地で華々しい活躍、冒険をしてきたサバーニ・サーカスは、今、ドイツ、マインツ郊外で、赤字にあえいでいた。
ある日、ヴァレンティン団長のもとに、アラビアから一通の手紙が届く。
差出人ナビルは、46年前に、オリエント歴訪中のサバーニ・サーカスに夢中になった。そして、サーカスの子ヴァレンティンと出会い、友だちになった。
ナビルは、大富豪であるが、最愛の妻を亡くし、自身も癌に侵されていた。せめて、人生最後の時を、もう一度サバーニ・サーカスと共に過ごしたい、といってきたのだった。
ヴァレンティン自身、再びアラビアに行きたいと願っていた。アラビアは祖母の故郷だった。また、母が遺した覚え書きから、自分の実父は、実はアラビアの理髪師である事を知り、いつかアラビアの町で、二人の異母妹を探したいと願っていたのだった。
そういうわけで、サバーニ・サーカスは、団員及び猛獣たちとともに、二つの嵐を乗り切って、アラビアの町ウラニアにやってきたのだ。


物語はサーカスのめくるめくような楽しさにあふれている。
個性豊かな団員たちの得意なだし物が、飛び入りのお客や、ハプニングさえ巻き込んで、夢の舞台を浚う。
色を添えるのは団員たちの恋愛模様や人生の来し方行く末の物語。


そして、この町。異母妹たちを探して、ヴァレンティンは町をさまよう。町はたくさんの路地で出来ている。迷路のような道、たくさんの袋小路、背中合わせの思いがけない場所と場所。
道に迷い、迷うたびに何かしらの出会いがある町。
ヴァレンティンの後ろについてさまよい歩き、人との出会いを楽しむ。


それから昔語りやほら話など、登場人物それぞれが語り部になり、次々に披露される。
数ある「お話」のなかで、メインになるのが、ヴァレンティンの母と実父との恋物語。ヴァレンティンの親友ナビルは、この話を毎日少しずつ語ってくれるように頼む。


タイトル『夜と朝の間の旅』の夜はヨーロッパのこと、朝はオリエントの事をさす(ドイツ人は東洋・中近東のことをモルゲン・ランド=朝の国と呼んだそうだ)ことから来ているようだ。
同時に、ヴァレンティンがナビルに物語をする夜明け前の時間の事でもあるのではないか、と思う。
この時間をナビルは、ナッハモルグと呼んだのだ。ドイツ語のナハト(夜)とモルゲン(朝)からの造語だそうだ。
「人生でいちばんすばらしい時間だ。だから、大抵人間はこの時間に死を迎える。夜は行こうとしているがまだ朝にはなりきっていない。そんな時間だ。色調は夜だが、もう朝の匂いがする。」
それは、この物語全体の雰囲気に似ている。


夢のような物語と思っていると、危うく忘れてしまいそうになるが、この国は内乱のただ中にあり、首都は、軍事政権によって押さえられている。
サーカスのキャラバンを迎えるのは、喜びに沸き立つ観客だけではなかったのだ。
あるいは……それだから、そのなかでもなお喜びをせっせと紡ぎだす人々の逞しさが心に残るのかもしれない。


作者ラフィク・シャミはシリアからドイツへの亡命を余儀なくされた作家だ。彼はドイツから、ずっと故郷をみつめている。朝と夜の間の旅をしているのは、彼自身の魂かもしれない。