『結ばれたロープ』 ロジェ・フリゾン=ロッシュ

 

結ばれたロープ

結ばれたロープ

 

 

『結ばれたロープ』は、1941年に発表された小説だということだけれど、年代を感じない。古さも新しさもない。それは、舞台が、人を寄せ付けまいとする険しい山であり、登場人物が、そこに挑み続ける男たちだからだ。描かれているのは、(それは、装備や技術など、それから人間のルールなども細々と変わってきたにちがいないけれど)八十年という歳月がほんの数日と思えるくらいに、ずっとずっと変わらずにあり続けるものだからだろう。


モンブランのまわりの山々と、麓の町シャモニーを舞台にして、一九二五年から二六年にかけて繰り広げられた、若きアルピニストたちの物語である。」(訳者あとがきより)
彼らは山岳ガイドだ。
客を中心にして、前後にガイドとガイド助手がつき、互いの身体をロープで結び、峻列な山を登っていく。
ロープ一本で繋いで、相手の命が自分に委ねられ、自分の命が相手に委ねられていることを確認する。
登山に孤独なイメージをもっていたけれど、命がけのチームプレーだった。


往年の名ガイドといわれた「赤毛」の言葉が心に残る。大きなものに挑戦し打ち勝った若者を前にこういう。
「わたしたちの命は、わたしたちだけのものじゃない。好きなように使う権利などないのだ」


父親や仲間を山でなくし、大けがの後遺症に悩み続け、または、凍傷で足先を失ってしまってもなお、山に戻りたい、と焦がれる男たち。
読んでいると、「なぜ」という言葉は引っ込んでしまう。
山はまるで、彼らの身体の一部のようだ。
かれらが挑んでいるのは、山であると同時に、自分自身だ。


丁寧に描き出される景観のすばらしさも印象的だ。
景色など、次の天候、次の山行の困難さを予想するくらいにしか気にかけない彼らに笑われそうだけれど、ダイナミックに動いていく空の下、切り立った岩々、さらには、山々に抱かれた小さな村の様子が、光のなかできらめき、色を変えていく様を、吸い込むような気持ちで味わっていた。