『帰郷』 浅田次郎

 

帰郷 (集英社文庫)

帰郷 (集英社文庫)

  • 作者:浅田 次郎
  • 発売日: 2019/06/21
  • メディア: 文庫
 

 

「戦争で金儲けができるやつなんて、実はいないんだ」と庄屋の倅は吐き出すように言う。
「命中精度はアメリカの砲には決して負けぬ」と、ニューギニアに据えられた高射砲を修理する工兵は思う。だけど、この砲で一発撃てば、相手は数百発お返しに撃ってくる。
腰までのぬかるみが続くジャングルに、食料は現地調達しろと、四万の兵を送り込んだ司令部は本当は知っていた。その先に待っている敵は、鉄条網と重機関銃を備えたトーチカ群、戦車二十に火砲二百、重砲四十門であることを。そう語るのは、ある看護兵だ。


勝てるわけがない戦争に、勝てないことを承知で、生きて帰れないのを承知で、兵をどんどんつぎ込んで、どんどん死なせた。
死んでいったのは、どんな人だっただろうか。
なんとか生きて帰ってきたのはどんな人だっただろうか。
六つの物語が、彼らに顔と名前と、故郷を与える。
もし戦争がなければ続いていたはずの生活を、見せる。読者と、それから帰還者本人に……


無事とは言えない。それそれと語れないような経験をしてそれでもなんとか戻ってきた人を待ち受けるのは、温かい故郷ではなかった。
戦争が終わり、なにもかもが変わってしまったことを、帰郷者は知らなければならない。
変わらざるを得なかった人びとも、苦しんでいる。
戦争が終わって、あれは間違った戦いであった、と国は認めても、使い捨てられた兵士も、その家族も、生きたまま使い捨てられたままで、国は見て見ぬふりをして拾い上げようとはしなかった。


賑やかな街路。明るい灯。その下で、戦争に打ちのめされた人々が、さらに打ちのめされているさまが、怖ろしかった。
六篇の、どれもテイストの違う作品を読みがら、戦地と戦後の日本とを行きつ戻りつする。
忘れられない『金鵄のもとに』、忘れられないセリフがある。
「飢餓地獄から生きて帰った俺たちが、なぜ日本に戻って死なにゃならねえんだ。ましてや俺もおめえも、てめえひとりの体じゃなかろう。(ネタばれしそうなところを中略して)俺たちは、もうお国の勝手で飢え死んじゃならねえんだ。何としてでも生き抜かにゃならねえんだよ」(より)
明るいの暗いの、希望の、絶望の、と言ったら、口が曲がりそうなくらいの、生きることの凄味を感じる物語だった。