『ひいな』 いとうみく

 

ひいな (創作児童読物)

ひいな (創作児童読物)

 

 

山間の町のひなびた駅舎に飾られた七段飾りのお雛様たちは、古びているが名人の作で、もとは大店の奥座敷に晴れやかに飾られたものであった。
女雛の濃姫に仕える官女のタヨは、落ちぶれた姫が不憫でならないが、
人形としての使命を果たせば、その功徳で今一度日の当たるところに出ることが叶うのではないか、と考える。
人形としての使命、とは、子どものお守りとなり、その子にふりかかる凶事の身代わりになることである。
濃姫は気が進まないながら、たまたま駅舎に現れた小学四年生の少女、由良を見守るべき子と決め、契りを結ぶ。


由良はこの町の子ではない。
東京でお母さんと二人で暮らしていたが、お母さんの仕事の都合で、三月四日までの二週間、この町に住むおじいちゃんとおばあちゃんに預けられたのだ。
この町は、おじいちゃんおばあちゃんの住む町であるのに、由良が来たのはまだ二回目だ。お母さんとおじいちゃんの間に確執があるせいだ。
由良は、二人の間がぎくしゃくしているのは、自分のせいではないかと思っている。
そのために、いつも言いたい言葉を飲み込んで、遠慮しながら暮らしているような女の子だった。


由良は、お母さんがむかし立派なお雛様を持っていたと、この町に住むお母さんの幼馴染に聞かされた。今はなくなってしまったお母さんのお雛様をみつけたい、と由良は思う。
お雛様を見つけることで、おじいちゃんとおかあさんとが、仲直りできたらいいと思っている。
それは、由良自身の存在価値を確認することでもあった。
後ろには蠅に憑依した濃姫がついている。


誰もいない夜の駅舎で動き出す雛たちの会話が楽しい。
女雛の濃姫が魅力的なのだ。
由良に対しては威厳をもって上から目線であるのに、普段は足を投げ出して大あくび。おしりをぼりぼり掻くような姫である。こんな姿を見せるのは長い不遇の暮らしのせいだろうか。
忠実な官女のタヨは思っている。
「ごくまれにではあるが、姫様はおどろくほど高貴な、そして凛とした表情をされる」
やればできる姫のはず……なのだ。
やればでできるは、由良も一緒だ。
二人の掛け合い、でこぼこぶりには、何度も笑わされた。笑いながら読み進めれば、徐々に二人へのいとおしさが満ちてくる。
そして、雛祭りとはどういう祭りであるかと考え始めている。


由良は自分のお雛様をもっていない。
でも、由良のお雛様はちゃんといる。お雛様も由良自身も、それをちゃんと知っている。
手の内に持っているかどうかなんて、関係ない。
お雛様でなくてもいい。物言わぬものの気持ちを汲み取ろうとする子なら、声なき声を聴こうとする子なら、きっとその胸の内を聞くことができるに違いない。
ひな祭りは、友だち同士が再会を喜び合う嬉しいお祭りだ。