『帰還兵はなぜ自殺するのか』 デイヴィッド・フィンケル

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)



イラク戦争に従軍した兵士たちに取材したノンフィクションである。

>彼らは爆弾の破裂による後遺症と、敵兵を殺したことによる精神的打撃によって自尊心を失い、悪夢を見、怒りを抑えきれず、眠れず、薬物やアルコールに依存し、鬱病を発症し、自傷行為に走り、ついには自殺を考えるようになる。そうなったのは自分のせいだ、と彼らは思っている。自分が弱くて脆いからだと思っている。まわりからいくら「あなたのせいじゃない、戦争のせいなのだ」と言われても、彼らの自責の念と戦争の記憶は薄れることはない。 (訳者あとがき」より)
名前入りで、あるいは名前なしで、一人一人の「今」を描写していく。そのあまりの息苦しさ、あまりの暗闇の深さに、言葉を失くす。
彼らは戦争から帰ってきた。生きて帰ってきたのに。
すっかり変わってしまった人を、家族は迎え、戸惑い、苦しみ・・・家庭は壊れていく。


元兵士たちは家族にさえ(家族だから?)話すことをためらうような戦争を経験してきた。
民家を襲撃し、老人や母親、子どもまでも殺し、そのあげく上からあっさり「ターゲットを間違えた」と言われた。
戦闘中の相手が抱えていたのは黒髪の女の子だった。相手もろとも、その子を撃ち殺した。
死にかけた戦友を抱えて歩くうち、自分の口の中は、流れ込んでくる友の血でいっぱいになっていた。
殺すことを怖れ、そのうち殺すことが得意になり、殺すことに何も感じなくなり、感じなくなった自分を嫌悪した。
・・・きっと本当の戦場は、言葉にはできない。「おまえに何が分かる」と怒鳴られるかもしれない。


政府も自殺防止に向けて動き始める。
これまで陸軍で精神衛生の問題が最優先事項だったことは一度もなかったという。戦うことが最優先事項で、医療においては、負傷兵を戦闘に戻すことだった。
しかし、自殺者数の増加に伴い、精神的な問題を放っておくことはできなくなったのだ。
(けれども、皮肉な見方をすれば、政府のケアは、戦争を続けることの正当性を守るための方便のようにも感じてしまう。)
毎月、自殺防止会議が開かれる。帰還兵のためのさまざまなケアのシステムがある。
だけど、それはほんとうに有効なのだろうか。役に立っているのだろうか。
自殺を企てる元兵士はあとを絶たない。医療施設はいっぱいだ。


帰還兵はなぜ自殺するのか・・・この「なぜ」に答えはない。(何億もの「なぜならば」が戦場にはあるだろう)
「終わりのない罪悪感。私が理解できる唯一の理由はそれです」
たくさんの人々が、今も見えない敵に脅かされながら、一日一日をやり過ごしている。彼らの戦争はいつ終わるのだろう。いつか終わるのだろうか。
「しかし戦争が終わって三年が経っても、彼らはいまだに戦場にいて、戦争をしている。」