『白い犬とワルツを』 テリー・ケイ

白い犬とワルツを (新潮文庫)

白い犬とワルツを (新潮文庫)


サムの最愛の妻コウラが死んだ。心臓麻痺で。突然の別れだった。
サムはいくつかの持病を持ち、歩行器がなければ歩くこともままならない。
頑固な老人で、自分のことは自分でやらなければ気が済まない。
子どもたちは、父をどう納得させて、見守ったらいいか、手助けしたらいいか、と話し合っている。
思うように動けない老人の苛立ちと、助けたいと願う人びとの思いは微妙にずれている。
七人いる子どもたちも、その連れ合いも、父思いの本当に良い人たちなのだが、サムの皮肉な目で見れば、子どもたちの動きは、コミカルな狂想曲のようだ。


サムのコウラへの思いが美しくて、ぽつぽつと思いだされる若い日々の記憶が眩しい。
歳をとることは、過去の時間を現在の時間に混ぜ込むことでもあるのだろうか。
サムの人生が、コウラと二人、大切に紡いできた見事な反物のように思えてくる。


しかし、それだけに、突然に最愛の妻を喪ったサムのがらんどうのような孤独がしみる。
まわりに人がいればいるほどに、孤独が際立つし、助けの手があればあるほど、自信を失わせ、自分の無力さを意識しないではいられなくなるように思えた。


そんな時に、サムの前にあらわれた不思議な白い犬。
サムと白い犬とのふたりきりの時間のなんという愛おしさだろう。
サムの歩行器に前足をかけ、サムの大きな手のなかに顔をうずめ、サムのベッドの下で眠る犬。
遠くから、近くから、サムをじっと見守る犬。
サムに「お嬢さん」と呼ばれる犬。
まるで幻のよう、夢のような犬とサムの時間が、美しい絵のようだ。
犬はいったい何者なのだろう・・・


何者でもいいじゃないか・・・
人でもいぬでも、他の動物でも・・・姿は関係ない。
どんな姿をしていてもいい。
一緒にいたい、心を通い合わせるそれがそこにあることに感謝したくなる。