『象使いティンの戦争』 シンシア・カドハタ

象使いティンの戦争 (金原瑞人選オールタイム・ベストYA)

象使いティンの戦争 (金原瑞人選オールタイム・ベストYA)


ベトナム戦争のさなか。(ベトナムの人たちはこれを「アメリカ戦争」と呼んでいたことをはじめて知りました)
ティンたちラーデ族はジャングルに村を作って住む少数民族。彼らは戦争には中立を守っていたが、アメリカ軍の特殊部隊にジャングルの道案内などで協力した。
やがて、パリ協定により、南北ベトナムに和平が結ばれ、アメリカ軍はベトナムを去る。
もし北ベトナムが協定に違反したら必ず戻ってくることを約束して。
パリ協定は敗れたようだ。北ベトナム軍は進軍を再開する。しかし、アメリカは約束を守らなかった。


>戦争は星のようにやってきて、最初はちらちらしているだけだったのに、どんどん強く光り出した。
ティンは、自分の村は戦争とは無関係だと思っていた。
北軍がやってくる、ベトコンがやってくる、という噂が聞こえる。よその村は全滅させられたらしい。
しょっちゅう銃声が聞こえる。実際、何の前触れもなしに学校が銃撃されたこともある。
それでも、戦争は他人事だった。
ティンの世界は、ジャングルに囲まれたこの小さな村の中だけ。彼の興味のあることも、夢見る将来も、喜びも希望も、この小さな村の中だけ。
そして、気がついたらいつのまにか戦争の真ん中にいた・・・(戦争というよりは虐殺の)


「ジャングルが人間を変える」と、ティンのとうさんは言った。
ジャングルは、戦争の象徴のようじゃないか。
むごたらしい場面がいっぱい出てきたが、それと一対になっておそろしかったのは、一つも武器を使わないで人間が別のものに変貌していくことだ。
友達や家族にいつも囲まれていたティン、象使いになることが夢で、象と心通わせることが好きだったティン。
そのティンがジャングルで、引きずり込まれるように、どんどん憎しみの心に囚われていく恐ろしさ。
ほんとうだ。ジャングルは人間を変える。戦争は人間を変える。


けれども、そこには象がいる。
村が滅び、人びとが変わっていく中で、ティンが愛した象だけが変わらぬ屈託の無さでティンに向き合う。そして、象の子どもの新しい命の眩しいこと。
変わらない象の姿から、私は、ティンがどこまで遠くに行ってしまったのかを知る。留まるべき場所を知る。


ジャングルに潜み戦う(愛する者を守るために)という道はそれ以外に選択肢がないような気がしてくるのだ。
でも、それは、生きながら揃って死に向かって行進していくようなものではないか。
同じ顔をして同じ方向を向き、家族であり親族であり友であり・・・そういう集団が、他の命を粗末にする、命を道具にしてしまう。
そんな集団に未来があるはずがない。


>ときどき、考えもしないうちに一線を越えてしまうことがある。そして線のむこう側にいってから、望んでない状況に踏み込んでしまったことを知る。わかるか? わたしは、戦うという決断はしなかった。線を越えるという決断をしただけだ」


・・・ティンはいつ一線をこえたのだろうか。(私たちの一線は何だろう。私の一線はなんだろう。)
象の姿が、ティンに、線をはっきりと見せた。
線のこちら側の道は一本ではないのかもしれない。とても見にくいけれど、そして、とても暗く狭いけれど。うっすらと別の道が見えた。
たったひとりで歩いていくことを決めたティンの道が希望に繋がっているように、と祈る。