『崩れゆく絆』 チヌア・アチェベ

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)


欧州の植民地支配が忍び寄るナイジェリア。農耕を主とするイボ族の村ウムオフィア。
オコンクゥオは一代で財をなし、村の名声を得た。彼は農夫であり、最強の戦士であり、偉人だった。
傲慢なまでに、こうありたい、こうでなければならぬ、と彼を支えてきた意志の力はゆるぎないように見えるが、彼の中には、別の柔らかいものが見える。
それを彼は認めない。彼は葛藤しない。それは弱さだから。彼は狂ったようにただ打ち砕こうとする。
でも、その姿こそ、彼の嫌う弱さの表れと思うし、彼が血の通った人間であることを証明していると思う。
そして、そう思うことで彼がわたしにとって初めて魅力的な主人公だと思えるのだけれど・・・
しかし、アフリカのこの土地で、それは時に命取りになる。自分だけではなく。
何と冷酷で厳しい世界だろう。


掟は絶対だった。
あまりに私の世界とは違う価値観に驚き、時に、理不尽さを感じ、残酷さに動揺してしまう。
しかし、同時にその神秘に魅せられ、美しさに打たれてもいる。躍動する生命に、幻惑される。
人々の多くは信心深かった。強い克己心を持ち、誇り高かった。
おそらく、この土地が太古からもっている自然の力と人間とが、ともに生きていくためのぎりぎりのバランスを保つとこうなるのだろう。


だけれど、時代は移り変わる。
それだけでは済まなくなってくる。バランスが崩れるときは必ずやってくると思うのだ。
一つの文化が別の文化と接触する。

>世界は果てしなく広いのだ。ある人びとのあいだで良いことがべつの人びとには忌まわしきことであったりする。
これはオコンクウォの叔父の言葉。
相手の文化が自分には受け入れ難くても、双方敬意は持っていたいじゃないか。持たないのは、野蛮じゃないか。
そういう物語なのだ、と思っていた。


・・・そういう物語で終わらなかったのだ。


オコンクウォは戦士の中の戦士。けれども、彼が闘うことはなかった。戦いは起こらなかったのだ。
まず両手を広げて一つの宗教がやってきた。しかし、その宗教を盾にして、その後ろからひそやかについてくるものがいたのだ。
それは隠れていてだれにも見えなかった。でも、静かに静かに狡猾に滑り込んできたのだ。
気がつけば、後ろから来たものがいつの間にか前面に立っている。いつそうなったのかだれにもわからない。気がついた時にはもう遅い。
闘わずして組み伏せ従わせる、その恐るべき侵略の手順に戦慄した。
警戒しなければいけないものは、猛々しいものではなくて、静かにやってくるものだった。