『マジック・フォー・ビギナーズ』 ケリー・リンク

マジック・フォー・ビギナーズ (ハヤカワepi文庫)

マジック・フォー・ビギナーズ (ハヤカワepi文庫)


ファンタジーなのかおとぎ話なのか、ホラーなのか。
荒唐無稽かと思いきや、ものすごくシリアスで、シリアスかと思えばとんでもないところで足をすくわれるような。
なんなのだ、この中編集。


たとえば、村がまるごと(地の上に住む者も下に住む者も)そっくりそのまま納まるハンドバッグがある。
そのバッグは、老婦人やティーンエイジャーが持ち歩くのにちょうどいいくらいの大きさであるのだ。(妖精のハンドバッグ)


それから、ある町のコンビニの前に、道路を挟んで、何とかという名前の、わけのわからない深淵があったりするのだ。
そこからゾンビが現れて、コンビニに買い物(?)にやってくるのである。(ザ・ホルトラグ)
でも、奇妙でグロテスクなのは、このコンビニの人間のほうなのか、ゾンビのほうなのか、わからなくなるのだ。
正直な話、ゾンビが現れてほっとした部分もある。あまりに不気味な(でも本人はきっと自分のことを平凡と思っていそうな)人間たちの存在に、じわーっと恐怖が高まってきていたから。
ゾンビがちょこまかと徘徊していることに気がついたら、なんだかこの事態がおかしくなっちゃって、緊張感が解けた。


絶対それおかしいでしょう、というような事態が、日常のなかにまぎれこんできて、それなのに、そのおかしさにみんな気がついていない、あっさり受け入れて日々を普通に過ごしている。
それがなんだか怖いのだ。
そうして、だんだんと、そもそも、おかしいのは、あたりまえだと思っていた「日常」のほうなのではないか、と思えてくる。
そして、さらに読み進めると、繋がり合っていたはず、愛し合っていたはずの友人たち、家族・・・その関係が不確かになってくる。
寒々とした孤独(そして狂気)が登場人物一人ひとりを際立たせるのだ。


一番印象に残るのは『石の動物』
ある家を買って引っ越してきた家族。もともとワケあり物件だった、ということも手伝って、引っ越し直後から、構えて読む。いやぁな気持ちが高まっていく。
じわじわと奇妙な気配が、彼ら家族を支配し始める。
何が起こっているわけでもないはずなのだ。見た目はなんにもないのに・・・何かが起こっている。
その「何か」を説明できないから恐ろしいのだ。
読者のわたしは、家族というひと塊から、一人ひとりが個人として見えてくる。それぞれが抱えている不安や辛さが、わかってくる。わかってあげたい、と思う。
家族はそもそもの初めからそんなことに気がついてはいなかった。気がつかないまま何事もないまま一緒に「仲良く」暮らしていたのだった。
それぞれ顕わになってきた不安な気持ちを、家族みんなで共有できない。家族一緒にいるのに、どんどんバラバラになっていく。
グロテスクな表現も、場面もない。
あるのは輝くような芝生の庭を持った田舎の美しい邸宅。そして、月夜に集まってくるノウサギたち。それのどこが怖いの? わからないけれど、怖い。
頼りになるはずの、協力し合えるはずの存在が、誰もかれも信じられなくなっていく、そして、そうなっていくことを本人たちがわかっていないのが、とても怖い。


好きなのは『妖精のハンドバッグ』と『猫の皮』
おとぎ話(昔話)ふうなのが気に入っている。
ほかの作品も、考えてみれば現代のおとぎ話ともいえるかもしれない。不条理なことが起きたり、残酷だったり。
そして、ありえない事件(?)に遭遇しつつ、現実以上にリアルな「人間」の物語を読んでいるような気がしてくる。