草祭

草祭

草祭


美奥は、不思議な町だ。切ないような懐かしさを感じてしまう。
この町の佇まいを描写する言葉は少ないのですが、その描写のさらに奥までもが、はっきりと目に見える。空気の匂いまでも感じる。
ひっそりとしたひなびた加減が、たまらなく懐かしくて、ああ、ここは知っている、知っている、と思う。
その一方で、そう感じることは、すでに罠にかかっているってことかもしれないよ、と思う。闇の奥に誘い込む罠。
この町には、懐かしい空気の中に、練り込まれた異質なものがある。それは異界の匂いだ。
この町のあちこちに、誘いこむような異界の入口があるし、あちらからこちらに流れ込んでいる何かがある。
それはなんだろう。もやもやと、なんだかわからないのだ。なんだかわからないからどうしても惹かれるし、同時に、気味悪く、うすら怖ろしい・・・


この町に漂う異質な気配を敏感にキャッチしてしまう人と、そうではない人がいるようだ。
そして、気配に魅せられて、引き込まれるように異世界に身を投じる人がいる。
暗く怖ろしい気を肌で感じ、後戻りできないことも知りながら踏み込んでいく異界。
まだ見ぬものの恐ろしさよりも、この世を渡って行くことの恐ろしさ、苦しさをとことん味わいつくした人たちなのだ。


一方で、この世の淵から異世界を覗きながら、くるりと背を向けて帰って来る人もいるのだ。
怖ろしいながらもどうにもならないくらいにずるずるとひきよせられてしまう異世界の誘惑をどうして振り切ることができるだろうか。
一見おとなしくて流されやすそうな人のなかにある、一種の開き直りのような潔さにハッとする。
ここでこういう言葉が出るのか、ここでこういう行動に出るのか、と…
それはつまりこの世のぬきさしならない暗い淵を逃げずに渡っていく決心にほかならないのだけれど、その覚悟はたぶん悲壮なものなのだろうけど、なんだか愉快な気持ちになる。声をあげて笑いたくなる。