人間の土地

人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)


人が空を飛ぶ、ということがそもそも大きな罠のようだ。なんという美しい罠なのだろうか。
散りばめられた星々はいよいよ明るく、にぎやかに輝き、人を惑わす。間違った方向に誘導する。
罠と知りながら魅せられる、飛ばないではいられない。
この本を読みながら、空を飛んだ気になっていた。不思議なときめきに、どきどきしながら、酔いながら、星の海のなか。
空の上から見はるかすのは、はるかな渓谷であったり沙漠であったり。戦場であったり。
だけど、いきなり地上にたたきつけられる。


地上の掟は怖ろしかった。沙漠も。戦場も。
生き抜くことの壮絶さを嫌というほどに見せつけられた。どんな言葉に換えることもはばかられるほどの厳しさ。
その厳しさを清々しいほどに引き受けて生きていく人間たち、死んでいく人間たちの姿に圧倒されてしまう。
生きたまま砂に混じって死んでいく人の姿にも、
それから、風に含まれたわずかな湿り気だけを頼りに生きられるだけ生き抜く人の姿にも、不思議に悲壮感はないのです。
ただ、畏敬の気持ちがわき起こってくる。


緑豊かな平地でも、街に住んでいても、普段、見えないだけで(たくみに隠されているだけ。見ようとしないだけ。)
残酷な掟にわたしたちはしばられているのではないだろうか。


空を飛ぶことは、大地の掟に結ばれながら生き抜く、ある強さを持った者だけに許されるのかもしれません。
それは、たとえば、生き抜く、ということだけではなく、自分と人の命を同じように尊く扱えるような強さ、だろうか。
ひとり、大地から切り離されて、孤独に耐え、美しい罠の誘いにあらがい、地面にたたきつけられる恐怖に打ち勝ちながら、
自分の高度と針路を見失わず、いること。
生半可な憧れや、見切り発車が許されるような甘い世界ではない。


「空」ってなんだろう。
決して飛行機の操縦桿を握ることのないわたしにとっては、精神的な高みのように思えました。