銀河に口笛

銀河に口笛銀河に口笛
朱川湊人
朝日新聞出版


朱川湊人さんの本は、『花まんま』以来、二つ目です。
『花まんま』がとてもよくて、もっともっと読みたい、と思いながら、
他の作品に手を出すことを躊躇していたのは、このかたは、ホラー作家、と思っていたからです。
『花まんま』の中に収められた短編のなかで一作だけ、
どうしても後味が悪くて、いつまでもあの気味悪さを引きずって嫌〜な気分になったのが忘れられなくて、こわかったのでした。
だからほんとに久しぶりに読んだ朱川さんのこの本、わたしの好きな雰囲気で、とても楽しかったです。


四十歳代後半の「わたし」ことモッチの回想の短編集です。
それは、彼が小学三年生だった夏から小学四年生の二月までの一年半のできごと。
懐かしい仲間たち。固い結束だったウルトラマリン隊。
ほんの遊びで始めた探偵団が解決(?)したあれこれの事件。
昔の下町の雰囲気。
大人の意向だけであっちこっち好きなように転がされる子どもの日々の理不尽さ。
せつなさ。
子どもなりの悲しみやひたむきさ。
一生懸命さなど・・・
あの時代に子どもだった者にとっては、懐かしいあれこれの流行物、町の雰囲気。
それから、やっぱり子どもたちが集団で下町を駆け回る、それがいいんです。


・・・そして、そこに「キミ」がいた。
この物語は、キミへの手紙。届くはずがない、でも何か不思議な方法で届いたらいいな、と思う手紙です。
元気でいるか、もう一度会いたいよ、と。


当たり前に見える、懐かしい下町の風景に溶かしこんだありえない不思議は、ちっとも不思議な気がしません。
あの、ゆらり、陽炎の向こうにぼんやりと見える風景のなかでは、むしろ自然でさえある。
だから、「キミ」がそこにいることも、ふいにいなくなってしまったことも、
・・・そして、この物語という手紙がいつかキミの手に渡るかもしれないことは、
祈りより、きっと届くはずだよ、と信じて読み終えられるのでした。


子どもたちが夢中で遊ぶ姿に、こんなにもせつない気持ちになるのは、
その時代があまりにも早く過ぎ去る一過性のまぼろしみたいなものだからでしょうか。
まして、回想形式ならなおさらです。
この子どもたちのその後が、各短編のなかで小出しに語られる。語られるたびに、言葉にならない感情があふれてくる。
この本はホラーじゃないけど、この作家は・・・やっぱりホラー作家だ。
ありもしない怖ろしい気配よりも、もっと怖ろしいのは、平凡に暮らす人の心かもしれない。
見えにくい悪意や貪欲さかもしれない。
見てみぬ振りして済んでしまう人の心の闇の犠牲になるのは子どもたちかもしれない。
そのために未来を捻じ曲げられてしまう子どもたちもいるのだとしたら・・・それが一番怖ろしいホラー小説かもしれないです。
あの少女のことが一番こたえました。『花まんま』の本の地続きなのだ、この本は。そう思ったのです。


逞しい人間であってほしい。
どんなふうに捻じ曲げられても、踏みつけられても、きっとどこかで、違う方向から芽を出し、花を咲かせることができたらいいのに。
永遠にそうできないものもあるけれど・・・。
ただ遊びに遊んでいた日々の思い出が、明るく輝く。遠い陽炎の向こうで。
ばらばらになった仲間たちや、そのまわりの仲間たちみんな。
あの夕暮れの公園で、汗と歓声の中にいたんだよね。