ベルリン1919

ベルリン1919ベルリン1919
クラウス・コルドン
酒寄進一 訳
理論社
★★★★★


ベルリン三部作の第一部です。


1918年秋、第一次世界大戦のため、ドイツ国内はすっかり疲弊しきっていました。
「赤い水兵」たちの反乱をきっかけに、貧困を極めた労働者たちが立ち上がり、皇帝をその地位から引き摺り下ろします。
そして、新政府の手によって泥沼化していた第一次世界大戦終結します。
しかし、労働者たちの勝利に見えたこの革命は、なんだかおかしなことになっていました。
新政府は、労働者たちの政府ではありませんでした。
皇帝派と労働者との間で日和見をしていた政界の有力者と資本主義者たちに革命の勝利をかっさらわれてしまったのでした。
ベルリン市内は内乱状態となり、多くの血が流れ、労働者たちはますます貧困の度をますばかり。
結局「戦争と貧困のない暮らし」を望んで革命を起こした人々の夢はついえます。
1919年、ドイツ十一月革命を、
ベルリンでもっとも貧しいと言われるアッカー通りに住むゲープハルト家の13歳の長男ヘレの目を通して描きます。


これはどこか遠い国のずっと昔の物語とは思えませんでした。
日本の歴史の中にいつ滑り込んでこないとも限らない現実のように思いました。
歴史は繰り返します。一つ一つの出来事は特殊であると同時に普遍的なのだ、ということだと思います。
「敗北となった勝利」という言葉が本の中に何度も出てきました。
わたしたちも賢くならないと、今何が起こっているのか見極める力がないと、何が正しく何が間違っているのか判断する力がないと・・・。
ヘレのお父さんルディは言います。

「世の中には三種類の人間がいるんだ。ひとつはおもしろければそれでいいという連中だ。彼らはいっしょに行進し、いざとなれば人殺しもする。だがそういう連中は少数だ。二つ目のグループはもう少し数が多い。つまり何が起こっているか理解しない連中さ。殺人者の本性を見抜けず、喝采を送る人たちだ。だがこのグループも、数はそんなに多くない。一番数が多いのは、第三のグループだ。いわゆるイエスマンだよ。なにが起こっているのかちゃんとわかっているのに、我が身大事で、口をつぐむ連中だ。この連中が一番やっかいなんだ」
この本の中にはたくさんの人々が群像となって表れます。
革命に身を投じていくヘレの両親。その仲間たち。
助け合い寄り添いあって暮らす近所の人々―オルガン弾きのオスヴァン、未亡人のシュルテばあさん。
ヘレが兄のように慕う兵士のハイナーとアルノ、さまざまな思想を持った学校の教師たち、そして、ヘレの友人たち・・・
それからもっともっと・・・
たくさんの大人たち、たくさんの子どもたち、たくさんの考え方・・・そのときどきにわたしは立ち止まります。
どの言葉も間違ってはいないのではないか・・・でも、後年歴史の教科書に残るのは、どれかひとつ、になってしまう・・・


初め、私もオスヴァンのように「革命では何もできない。血を流し、人が犠牲になるだけ」と思っていたし、
シュルテばあさんの「ゲープハルト一家は革命にばかり熱をあげて、子どもの面倒を見ない」という言葉に頷きたくなったのでしたが、
いつのまにか、革命の渦中に巻き込まれていきました。
政治の誤りから戦争に巻き込まれ、搾取するものがいるかぎり、いつまでたっても人々の暮らしはよくならない、
という考え方は納得できるものでした。
けれども、社会の底辺から立ち上がり、夢を夢に終わらせないためにたった一歩だけ前進することさえどんなに大変なことなのか、
痛いほどに思い知らされました。


飢えや寒さ、病気と闘いながら、なお親を助け家のことをしながら、革命に翻弄される子どもたちが痛々しかったです。
アパートの半地下のかび臭い部屋に住む結核の少女アンニ。
会う人ごとに食べ物をねだるちびのルツ。
エデが落第してヘレと同学年にいるのは、思想家の父が刑務所に入れられてしまったため、家族のために働かなくてはならないから。
ことに、労働者の息子であるヘレと資本家の息子フリッツの友情が印象的です。
父親の影響は子どもたちの考え方に大きく影響し、そんな中で親友でありつづけることは綱渡りのようでした。
お互いを大切に思いながらも、あまりにも違いすぎるお互いの立場はわかりようがないのです。
親の目で物を見ていた子どもたちは、やがて自分の目で物を見、自分の頭で考えるようになるでしょう。
立場のちがう二人の関係に悩むヘレに兵士ハイナーの言った言葉が心に残ります。
「どこの出でもいい、どこへ行くかが問題だ」


「戦争と貧困のない暮らし」を望んで革命を起こした人々の夢はついえました。
でもヘレのおとうさんの言葉。

>「夢の実現をおれたちが見られなくても、ヘレが体験できるかもしれない。あるいはマルタ。あるいはハンスぼうや。ハンスぼうやでもだめだったら、その子どもたち。百年なんてたいしたことじゃないだろう。おれたちは明日のことを考えるんだ。この世界はずっと昔からある。そしてゆっくりとしか進歩しない。いまになって、急に進歩が速まるわけがないんだ」
ふとサトクリフ「ともしびをかかげて」のラストシーンが頭をよぎりました。
払われた犠牲、費えた夢、ますます困難な時代への突入・・・それでも、人々は顔をあげます。


内乱に乗じて、そろりヒトラーが現れようとしています。
第二部へ。主人公はヘレの弟ハンスに引き継がれるようです。