高野聖;眉かくしの霊

高野聖;眉かくしの霊 (岩波文庫)高野聖;眉かくしの霊
泉鏡花
岩波文庫
★★★★


高野聖
美しくも力強い言葉で始まる高野聖語り部が僧侶のせいでしょうか、漢文のような歯切れの良い文体が快いです。
旅の道連れになった高野山の高僧が、一夜、物語る若い日の妖しい物語。


深山に迷い、蒸し暑い空気の中で、蛇やら山蛭やらに悩まされる道行は、なんとも言えず気持ち悪い。
あの独特のむっとする空気、そして、思わず首筋をごしごしこすりたくなるような気持ち悪さがやたらリアルで・・・
おお、これが深山幽谷、日本の自然なのだわ(涙)
ここで出来れば引き返したいものだけれど・・・たいていの怪談は、なぜか帰りの道はスムーズにみつかるものでしょ。
それをムリムリ進むのはなぜ。
よせよせ、戻れもどれ、と道は警告しているのに。警告しながら、来い来い、とほくそ笑んで呼んでもいるのだろう。
引き返さない。
ああ、もうここで何かの術中に嵌っているんじゃないか、と思うと、ほらほら、この世のものとは思えぬ美女。
傍らにはなんとも不気味な描写の腹の大きな少年(?)
あとから振り返れば、危ない一夜であった。知らぬが仏、よく無事にすんだ、と思う。


この僧は高野山の高僧というが、それもなるほど、と思うのです。
この若い日、なぜに深山に入っていったのか。そこに進めば戻れないかもしれないのに。
それは、先に行った薬売りの身を案じてのこと。彼を呼び戻さなくてはならない、と思ったから。
その理由が、「快からぬ人と思ったから、そのままで見棄てるのが、故(わざ)とするようで、気が責めてならなんだから」というのだから。
そして、一夜の宿りで、はからずも流した涙。たぶん、この美女を心底哀れみ、涙を流した旅人はいなかったのではなかったか。
この美女は、どんな思いでここで生きてきたのか。
ここまでになってしまった恨みつらみが重なって。なんでこんな運命を受け入れなければならなかっただろう。
やさしく、ただひたすらに日々を重ねていくために、恨みつつ、憎みつつ、呪いつつ、どこかで妖しいものにならずにはいられなかった。
まるで人身御供みたいで、切ない。犠牲(?)になった者たちにあまり同情する気持ちがわいてこないのです。



「眉かくしの霊」
会話が錯綜していたり、物語中の人物の姿かたちや境遇が似ていたりするものがあったりして、
高野聖」よりいくぶん読みにくい印象でした。
うどん二膳・・・うなされそう。まずそうで(笑)
物語は、やはり、怪異なのですが、怖い、というよりも、ただただ悲しかった。
まわりの人間たち(猟師、鬼婆)のほうが、幽霊よりずーっと怖い。
荒野に咲く青い花の色が印象に残ります。