夜明けの風

夜明けの風夜明けの風
ローズマリー・サトクリフ
灰島かり 訳
ほるぷ出版
★★★★


ローマンブリテンシリーズの棹尾を飾る作品とのこと。
時代は6世紀。
「ともしびをかかげて」で魅力的な戦士だったアルトスが王となって善政を布き、消えかけたともし火が高らかに燃え立った世から、
すでに100年がすぎていました。
サクソン人が支配するブリテン島南部。
ブリトン人とサクソン人がぶつかった最後の戦いの生き残りの少年オウェインが主人公で、イルカの紋章の指輪の後継者でした。


「ともしびをかかげて」のアクイラの人生も苦しいものでしたが、オウェインもまた身を引き裂かれるような青少年期をおくります。
彼の誠実さが、彼をよりつらい立場へと追い立てていくようです。
何もかも打ち捨てて、今手にいれることのできる権利を行使したっていいはずなのに・・・
一番大きな決意は、たまたま道連れになった少女の命を救うために、はらった犠牲でした。
彼は誇りを捨てました。
これを選択するくらいなら死んだほうがましだっただろうし、自分ひとりならそうしただろう。
もしかしたら二度と会うことがないかもしれない少女のための選択でした。
でも、それはただの犠牲ではなかった。
彼が救った少女の幻は、絶望の淵にある彼を生かし続けることをわたしたちは主人公とともに知ります。


また、つぎつぎに迫られる選択の機会ごとに
「あんた、ほんとにお人よしね。自分の本来の目標からまた離れてしまったじゃない」といらいらしてしまうのです。
その場その場で、自分を犠牲にして、相手のために尽くす方向を選択するオウェイン。
決して積極的に何かに向かって突き進むわけではない主人公。
常に自分の周りの人間の要請にこたえ続ける主人公。
これは今までの彼の先祖たちにはいなかったタイプではないでしょうか。
彼の武器は何よりもその誠実さ。
その場その場で、一歩譲ってとことん尽くす。これだけなのだ、と思います。
一見弱そうなのですが、この彼の生き方が周りの人間に大きく作用して、物語がぐいぐい動いていくのがおもしろいし、
彼自身が思いもかけない豊かさを得ていくめぐり合わせに感動します。


アクイラがともしたルトピエの最後のともし火はもはや遠くなってしまった、今はすっかり闇に包まれてしまったように見えるこの地で、
今、新しい火がともされる気配がしている。
エイノン・ヘンの「もしかしたら、ずっと先でだが、別のともしびを灯すことになるかもしれぬと、わしは楽しみに待っていたい」
との言葉が心に残ります。
闇に覆われたかに見えたブリテンの地。闇を受け入れることにより、新しい火が生まれる可能性、希望を示唆しているのです。
「まだ夜明けではないかもしれない。だがオウェインよ、わしは、夜明けの風が吹きはじめたと思う」
一つの終わりは始まりでもありました。
闇のさなかで、全く種類の違う新しい朝の気配を感じさせるのでした。