12月の静けさ

12月の静けさ
メアリー・ダウニング・ハーン
金原瑞人 訳
佑学社
★★★★


戦争(ことにベトナム戦争)をテーマにした物語ですが、この物語は、ベトナム戦争が終わって20年後のアメリカです。
主人公は、15歳の高校生ケリーです。もちろんベトナム戦争を知りません。
彼女は現代社会のレポートを書くため・・・いえ、ほんとうは思いつきのノリからホームレスのウィームズさんに近づきます。
ウィームズさんはべトナム帰還兵でした。そしてケリーのおとうさんも・・・
ベトナム帰還兵は、ケリーの周りにたくさんいます。彼らはみなまったく違う形で戦争を引きずっていました。一見何もかも忘れ去ったような様子をしながら悪夢から逃れられない人も、それから、ウィームズさんに代表されるような人たちはたくさんいるに違いない。
戦争は終わらないのです。彼らにとっては。たぶん一生終わらないのです。

たくさんの現代っ子たちが出てきました。
将来お金を儲けて成功したいと思っているコートニー。
恋愛とおしゃれとくすくす笑いが全てのようなジュリー。
次に戦争が起こったら喜んでいく、と言うブレット。
風景写真家ジョージアオキーフや動物物語で知られるファーリー・モアットを尊敬するキース。
そして、将来は画家になりたいという主人公ケリー。
戦争を知らない若者達です。彼らの無知や若い傲慢さから来る騒々しい軽さとベトナム帰還兵の抱えた重たさが対照的です。

ケリーは、しかし、ウィームズさんの力になりたい、と望み、ベトナム戦争のむごさ、帰還兵の苦しみについて考え始めます。
若さゆえの未熟さ、考えなしの行動にはらはらしますが、彼女なりの誠実さに心動かされます。そして、確実に成長していきます。思春期の少女の心の不安定さや将来に対する夢と不安、両親に対する思いなど、とてもうまく描かれています。思い当たることがいっぱい(苦笑)
繰り返しますが、ベトナム戦争は終わりません。彼らの苦しみは一生続くのです。・・・本当はこんなこと、わたしなんかが気軽に言っていいことではない。痛み、と言う言葉があまりに軽く感じられるほどの彼らの心にあいた闇の深さ重さを思えば。解決なんてありえないのです。
ただ、そのことをケリーがわかりはじめたこと、わかりたいと思い始めたこと、ケリーの成長が清清しい風のようで感動を誘います。自分のことしか考えられなかった彼女、物事の表面しか見られなかった彼女が、見ようとしなかった世界に踏み込んでいく勇気に拍手を送りたい。そして、かたくなさがほどけて少しずつしなやかになっていくことがうれしい。そのことがひとつの和解につながったことも。

蛇足ですが、ケリーたちの国語の授業が印象に残っています。「イーリアス」を読む授業。先生が用意したたくさんの戦争に関する資料や詩を手にしながら、学生たちが自由闊達に自分の意見を述べ合い、ディスカッションする場面です。その活気のある教室の風景に、ちょっとうらやましくなりました。なんと生きた授業だろう、と。
最後に、心に残ったケリーの言葉をここに引用します。国語の教師ハーディ先生に向かっての質問です

>「その、ベトナム戦争のせいで頭がおかしくなった人がいるでしょう。人生が変ってしまった人が。先生が読んでくださった第一次世界大戦の詩に出てきたような兵士がいますよね。そんな人が二十年くらいあとになって死んだ場合、その人も戦死したってことにはならないんですか。ただ死ぬのがおそかっただけで。」