『シルマリルの物語 (上下) 』  J・R・R・トールキン 

これは中つ国創造から第一紀、二紀を経て第三紀に至るまでの神話でした。
苦労しました。大変な本でした。
何が大変、って、
まず、この細かい文字びっしり。
しかも細切れのような事実だけが記された文が延々と続く。そして、そのたった一行の文の中にものすごく壮大なロマンが詰まっている、本来決して1行ですまされるようなことではないことがさらっと書かれているのです。
たとえば、21章(p339)
  >一方トゥーリンは無法者の群れに留まるうちに、かれらの首領に担がれ、
   自らネイサンを名乗った。
   不当なる扱いを受けたる者の謂である。
ただこれだけの文のなかに、どれだけのドラマがあるだろうか.
この一行から本が一冊ぐらいできてしまうのではないか、と思うのです。
うかうかしていると迷子になってしまう。1行たりとも気がぬけません。

それから、膨大な人名、系図。種族。
それも、似たようなのが連続で。フィンゴン、フィンゴルフィン、フィナルフィン、フィンウェ…と続くと泣きたくなります。覚えられるわけないじゃない。
指輪物語がとっつきにくかった、って、わたし書きましたっけ。うそうそ、とんでもない。シルマリル、に比べたら、ものすごく読みやすいです。

まるで旧約聖書を読んでいるような感じでした。なんといっても神話ですもの…

では、やめちゃおうか。とんでもない。やめられない。
すごい物語です。大変な世界でした。奥行き、広がり、数々のドラマ。それらが実にがっしりとした土台のうえに築かれているのです。ゆるぎのない創世記の物語でした。

シルマリルというのは、エルフの全ての技が結集した三つの宝玉の名ですが、上巻ではこのシルマリルを邪神(?)モルゴスに奪われたことから、エルフたちがそれを取り返そうとする、数々の戦いの物語。
下巻では、モルゴスなきあとのサウロンの台頭、指輪にまつわる始まりの物語、そのなかで、ガンダルフたち魔法使いがどこから、なんのために現れたのか、も語られます。(そうだったのかあ~)

そこには、数々の物語があるのですが、物語中、好きなのはべレンとルーシアンの話でした。
愛する人を追って闇の中をひたむきに駆けぬけた美しいルーシアン、目に浮かぶようでした。
またトゥーリン・トゥラムバアルの一族を見舞う悲劇。その運命の残酷さのなかでさえ、静かな美しさを感じてしまう。一遍の叙事詩として、忘れられない物語です。シェイクスピア悲劇の香りがするのです。
また、エルフたちの西への望郷と憧れの気持ちが理解できるように思い、指輪物語の世界の奥深さを思いました。
たくさんの(指輪物語の)なじみの名前にまた出会い、なつかしかったです。

語られるほどに、堕落していく種族、欲に狩られる人間、などがうきぼりになって来るように思いました。。
また逆に生きることの、もっとも純粋な意味もまた明らかになっていくようにも感じました。

印象深いのは唯一神イルーヴァタアルの子であるエルフと人間のちがい。
永遠に生きるエルフがこの世に安息をみいだすものであるのに対し、人間は「死」を贈り物として賜ったということ。
  >人間の心は彼岸を求め、この世では決して安息を求めることはないのである


トールキンの死後発見された草稿を整理し、筆をいれて、世に送りだしてくれたご長男クリストファ・トールキン氏のご苦労を思います。そして、感謝します。
この本が人の目に触れずに埋もれていったかもしれないと思うと、なんと勿体無いこと。と思います。