『ライオンと歩いた少年』  エリック・キャンベル

12歳で母親を失ったクリスは早く大人になろうとした。悲しんでいる父を支えるためにも。
14歳で、ロンドンの「学校におさまるにはおとなになりすぎた」クリスは、「何か行動をおこしたくてたまらなかった。ただ何をしたいのかが、まだ自分にはわからなかった。」
そんなとき、父がタンザニアで新しい仕事に就くことになった。
・・・こんな出だしから始まる物語は、クリス少年の成長物語になるだろうと予想して、読み始めます。

タンザニア空港から単発機でムゾマにむかう。
  >一瞬クリスはふるえた。
   この小さな飛行機の中で、
   これまでの自分の人生がいかに危険から守られていたかを、
   とつぜん悟ったのだった。
   今、目の前にある土地は、何万年ものあいだ変わっていないのだ。
   この恐怖を言葉で表すことはできないが、
   心の奥底にひそむ原初の記憶が、ここは危険だと語っていた。
   木のうしろ、岩のかげ、地面にあいた穴、
   水面のすぐ下をすべっていく影、
   丈の高い草、風…どこにでも危険はかくれている。
   アフリカで呼吸する空気は死のにおいを伝えている。
   そのにおいに注意をはらわない者は、
   生きのびることができないのだ、とクリスは思った。

そして、まさかの事故。墜落。
瀕死の重傷を負うパイロット。たよりの父も足を骨折して動けない。
比較的軽症のクリスの決断は、単身アフリカの大地を徒歩で歩くこと。助けを求めるために。

老ライオン。
  >ほんの一瞬、少年とライオンの目が合った。
  ・・・それぞれ異なる状況ではあるものの、
  災厄に見舞われて追いつめられている一頭と一人は、
  相手の目の中にあるものを読み取って、一瞬心を通わせた。
ライオンは、王者の地位を若い雄ライオンに奪われ、単身、死に場所として聖地をめざす。

また一方で、象を殺し象牙を盗む密猟者を追うマイク(観光客の案内人であり、泣く子もだまる鳥獣保護区の元主任管理人)たち。

老ライオン、クリス、マイクたち。三者別々の視点から書かれた物語がやがて結ばれていく。

少年とライオンの不思議な結びつき。不思議な命のリズム。その静けさ。その前では静まるしかない神聖さ。マイクが構えていたライフルをそっとおろすほどの。

少年の成長物語、なんていうやさしいものではなかった。
命と命の約束。
人間性とか尊厳とかを超えて、理性も感情も超えて、強い本能の王者の約束、きずな、だろうか。
しんとして、ゆっくりと近付いてくるその光景。・・・こういうものの前では、こちらは、言葉を失って、静まるしかない。

チャガ人のベニーが最後に、ライオンと少年が歩いた丘の真の名前を告げる。マサイ族の伝説なのだ。
一瞬、土地の魔法が彼らをここに呼び寄せたのかと思った。
白人に対して好意を持っていないベニーだけれど、このとき、クリスに向けた顔は、アフリカの一部分である自分を誇って、同類に見せる顔のように感じた。

伝説さえも深く飲み込んでしまう大きな生き物アフリカ。
この本に出会えてよかった。