『奇跡の子』   ディック・キング=スミス

農場に捨てられた赤ん坊を 羊飼いのトムとその妻キャスが養子として引き取ります。
ジョン・ジョセフと名づけられたこの子は、2歳になった頃、ひざをつけない這い這いであちこちを歩きまわり(その姿から彼はスパイダーという愛称で呼ばれた)、自分の胸をたたいて「いいこ」と言った。彼が喋れる言葉はこれだけだった。
7歳になった日、長い両手をだらんとたらしたまま、前かがみになって歩いた。話せる単語は増えていたが、文字は読めなかった。(一生読めなかった)
彼は心臓にも障害があった。
しかし、彼は、犬、馬、小鳥たち、そして、野生のキツネやカワウソとも心を通わせる、不思議な才能を持っていた。

温かく彼に接する人もいた、知らん顔する人もいた、いじめる人もいた。
彼が「普通とは変わっている」ことが、みんなにわかってきたとき、人々は、
「トムとキャスは厄介者を背負い込んでしまった。気の毒に…」と言った。
しかし、この夫婦はスパイダーをとても愛していた。
彼らは、この子に何も望まなかった。ただ、何年か後にも、また、何十年か後にも、今と同じくらい“幸せな気持ち”で彼が日々を送ることだけを望んでいた。

動物たちと心を通わせ、農場の中で、次第にその存在を不思議な温かい驚きとともに認められていくスパイダー。
彼を見守る人々。
スパイダーの笑顔に、「いいこ」という言葉に、彼の素直な感謝の言葉に、そのしぐさに・・・私は、静かに満たされていく。

幸せってなんだろう。
親が子どもに(あるいは自分が自分に)望むものって、もっとシンプルであっていいのではないか。
何よりも、「幸せ」であってほしい。おだやかな喜びの多い生涯であってほしい。

ある日、トムが飼い犬のモリーに、言う。
モリー、あいつは幸せなんだよな。だいじなのはそれだよ。学校に行かなくたって、かまわない。同い年のほかの子みたいに走ったり遊んだりできなくたって、かまわない。幸せなら、それでいいんだよ。あいつは幸せそうじゃないか。馬具をみがく仕事だろうと、兵隊のつもりで太鼓をたたきながら行進してカラスを追いはらう仕事だろうとな。」

最後のスパイダーの微笑みと、かたわらにいるトムの静かで深い悲しみ・・・胸がいっぱいになってしまった。