『あさがくるまえに』 ジョイス・シドマン/ベス・クロムス

あさがくるまえに

あさがくるまえに


パイロットであるお母さんの休暇が終わろうとしている。一日を子どもと過ごして、今夜、仕事に出掛ける。
子どもは、出かけてほしくない。
無言劇のようなこの家の一日の終わりを、私は窓の外から眺めていた。


枯れ葉の町に、雪が降ってきた。
静かに、「まじない」のような言葉が始まる。
「ふかい闇につつまれて
 ねむっているあいだに
 まいあがるものと、まいおちるもので
 空がいっぱいになりますように
 ・・・」
一晩じゅう降り続く雪が町の景色を変えていく。
変えてしまう。


読後、静かな幸福に包まれながら思い出したのは、
「今日がおわらなければいいのに」「今という時をずっと覚えていたい」そんなふうに思った過去のあの時この時のこと。
それは、特別なイベントの日ではなく、ごく普通の日の中にある、ささやかな喜びの時間。
それが特別だ、と思えるのは、たぶん、24時間しかない一日のどこかにいつのまにか滑り込まされた、あわただしい流れとは別の「もう一時間」のような気がするから。
あるいは、一年365日のなかに滑り込まされた「もう一日」・・・
本当はそうではなくても、そういうふうに感じる時がある。
やらなければならないことも、やったほうがよいことも、かんがえなくてよい特別な時間。


いま、「まじない」のような言葉が特別な一日の始まりを告げる。
雪で姿を変えた町は、扉の向こうの魔法の庭のようだ。
静かな喜びが、胸の奥から力強く上ってくる。
この絵本を開いている時間がわたしの特別な時間だ。宝物のありかを教えてくれる。