『犬を飼う』 谷口ジロー

 

犬を飼う (小学館文庫)

犬を飼う (小学館文庫)

 

『犬を飼う』『そして…猫を飼う』『庭の眺め』『三人の日々』『約束の地』の五編の漫画作品が収録されている。
氷壁を背景にしてそれはそれは美しいユキヒョウの姿が印象的な『約束の地』を除いて、のこり四作は連作である。


『犬を飼う』は、愛犬タムタムが老いて死を迎えるまでの日々を描く。
我が家にも犬がいる。
犬を迎えるにあたっては、その死(いつか確実にやってくる死)もまた、生きた犬と一緒に抱え込むのだ、と覚悟を決めていたはずだった。
けれども、作品のなかの飼い主夫婦の壮絶なまでの介護の日々を読みながら、本当に私は覚悟ができているのだろうか、と考えてしまった。
歩けなくなり、足やお尻に便をつけて具合が悪そうにしているタムタム。わずかな間にできてしまう床ずれ。
何が苦しくて泣くのか、何をしてほしくて泣くのか、その目は何を訴えているのか。
飼い主夫婦は、犬の老いに振り回される。
「こんな生活がいつまで続くのだろう」という問いかけと、日ごとに口数が減っていく夫婦の疲れきった表情は、明日の我が身かもしれない。
この余裕のない暮らしのなかから、浮かび上がってくる問いかけがある。
「なぜ、こんなにまでして生きようとするんだ」「なぜ、こんなにがんばるんだ」
もう食べることも飲むこともできない犬が、最後の最後まで、ただ生きようと、生きるためだけにそこにいる、その姿に、圧倒される。犬も人間も、虫けらもない。ただ、そこに命がある。消えようとしている命だけれど、消えてしまうまでは、命なのだ。命がそこにある、ということの重さに打たれ、悲しいより、辛いより、何よりも、ただぼうっとしてしまった。


『そして…猫を飼う』『庭の眺め』では、タムタムの死の一年後、夫婦は、やむを得ない状況から猫を引きとる。その後、猫は三匹に。猫たちと人間とが家族、仲間となっていく過程が緩やかに描かれていく。
『三人の日々』では、夏休みの終わり、家出した姪っ子が夫婦の家庭に転がり込んでくる。期間限定の三人の暮らしだ。
母親の再婚を受け入れられずにいる姪に、妻が話す「人間も動物も、たった一人では生きていけないものなんだなあって…」に、ああ、と思う。
タムタムの死後、動物が死ぬのを見るのは辛いから二度と生きものを飼うのをやめようと決めていた夫婦が、猫を迎えた本当の気持ちも、
夫に死に別れた女性がまたともに生きる伴侶に巡り合った事情も、きっと似ていて、きっと、そういうことなんじゃないかなあ、と思う。
犬も、猫も、人間も、短かろうが長かろうが、その一生のなかで大切なだれかを失いつつ、生きてきたのだろう。そうして、他の誰かと家族になったとき、その失った部分までもともに抱えつつ寄り添い合う。
だって私たち、一人では生きられない同士だから。
犬であれ、猫であれ、そして、人の連れ合いであれ、生きものと暮らすって、きっとそういうことなんだ。
だから、愛おしさは少し寂しいし、寂しさは、とってもとっても愛おしい。
いつか来る別れがどんなものになるのか、本当に計り知れないけれど、それでも、私たちも一緒に暮らそうと思う。(そばにいてあげるよ、そばにいておくれ。)