メロディ・フェア

メロディ・フェア (文芸)

メロディ・フェア (文芸)


結乃は大学を出て故郷に帰る。就職したのはぱっとしない化粧品会社。郊外のモールの化粧品カウンターに立つビューティーパートナーになる。
第一志望の会社でもないし、配属先も本当は不満。
それでも、「無人島に何か一つ好きなものを持っていっていいと言われたら、迷わず口紅を選ぶだろう」という結乃である。
この場所から、結乃の人生が始まるのだ。
そして、そういう結乃から、わたしも沢山の事を教えてもらった。


ああ、これは、自分自身と出会う物語だなあ。
纏った衣を脱ぎ、素顔になることで本当の自分をみつけた、というのなら、分かる。
けれども、素顔の上に衣(化粧)をほどこすことで、本物の自分をみつける、というのは不思議な気持ちだった。
考えてみれば、自分の顔がどういう顔であるか、どのように生きたいか、そういうことを自分で把握できなければ、自分らしいお化粧なんてできないんだね。
自分らしいお化粧をするためには自分を知る必要があるのだ。
一方、たまたま試してみた化粧によって、今まで気がつかなかった自分の一面に、初めて気がつくこともある。


なるほどねえ。おもしろいかも、お化粧。
いつもワンパターンのわたしの化粧。わたしは化粧が苦手だ。
なぜ苦手なのか、少し分かったような気がした。
素敵なビューティーパートナーさんに、わたしらしいお化粧を教えてもらいたいな、とちょっと思った。
できれば結乃さん、あなたに。


それから言葉に対する繊細な感覚。
何気なく使う私の言葉もまた、ときどきワンパターンになっている。
ぴったりした言葉がみつからないまま、借り物の言葉で間に合わせたりすることもある。
だいたい、自分の気持ちがあいまいなまま、無理矢理言葉にしようとするときだ。そのあいまいさを口当たりのよい当節流行りの言葉でごまかしている。
気が付いているけれど、まあいいや、と無視していた。
そういうことを思い出して、どきっとした。
「ほっこり」という言葉を何の気なしに使った結乃に、先輩パートナー馬場さんがダメ出しをしたときはどきどきした。
(馬場さん、それ、ほんとはわたしに言ってくださった?)


地味な物語に見える。
第一志望とか一番とか、それから華やかさとかに、それは違うよと言っているように見える。
だけど、「ナンバーワンにならなくていい」という物語ではないのだと思う。
見せかけに囚われない、もっともっと大切なナンバーワンがあるんじゃないかな、もっと大きな華があるんじゃないかな、それは何かな、と考える。
とっても芯の強い物語である。
中途半端に「ほっこり」なんてしていたら大事なものを見失っても気がつかないかもしれないよ、と、物語はわたしに告げる。