獣の奏者Ⅲ.Ⅳ.

獣の奏者 (3)探求編 獣の奏者 (4)完結編 獣の奏者 (3)探求編
獣の奏者 (4)完結編
上橋菜穂子
講談社


図書館予約して七カ月。やっとこの本が手許に来ました。
1・2巻の内容をかなり忘れている。
読みながら、ああ、そんなことがあったっけなあ、と確認しつつ読みました。


Ⅰ・Ⅱ巻で、ソヨンが娘エリンに残した言葉は深い意味を持ちながら謎のままでした。
懐かしい場面を振り返りながら、成長し母となったエリンは、ソヨンの言葉を反芻していきます。


エリンは結婚し、母になっていました。
しかし、あの日の降臨の野での出来事をきっかけにして、
たったひとりの「獣の奏者」としてのエリンをいやおうなしに(そして恐れていた通りに)巻き込んでいきます。
自由を望み、王獣たちを野に解き放ってやりたい思いとは裏腹に、
王獣も自分も、その家族も巻き込み、身動きができない囚われの身になっていく。
何もかも捨てて逃げる、という選択枝を持ちながら、あえて縛りの中に入っていく。
縛りを断ち切り、人も獣も、もっと自由に生きる道を開くために。


時代も大きく動き、真王と太守は結ばれたけれど、国内には不安と不満が残る。
国の外からは大きな災厄が迫っている。
真王セイミヤの苦悩。
真王ジェの秘密を知った日から、自分がわからなくなり、わからないままに王としての道を進まなければならなかったこと。
太守と王との関係も今一つすっきりしないし、これでは、国民が不安になるのも仕方がない。
若い真王の成長の物語でもあり、セイミヤの旅の物語でもありました。
セイミヤと、それから彼女の家族の物語でもありました。


エリンの物語でもあり、彼女の家族の物語でもあった。
まっすぐでひたむきでぬきんでた才能のある少女だったエリン。
けれどもそのまっすぐさも才能も、彼女を自由にするよりも、がんじがらめに縛っていくという皮肉も、読んでいて苦しかった。
なんという苦しい人生だろう。
エリンがたった一人覚悟を決めて厳しい道に入っていくことを決意したとき、
エリンを救うために、夫イアルもまた決意を固める。
この夫婦の情愛はたまりません。
互いに深く愛し合い、大切に思うために、家族がばらばらに暮らすことを余儀なくされるのです。
そして、息子ジェシの成長。ソヨンからエリンが受け継ぎ、ジェシで開花していくこと。
ただ、互いを思いあいながら、苦しみを分かち合い、耐えて思いあう家族のなかで、
ジェシの天真爛漫さ・奔放さがほほえましいのです。


一つの国が揺れ動きながら乗り越えていく大きな山のなかで、人々は翻弄され、それぞれに苦しみ、
それぞれのやり方で突破口を開こうとしていく。
国の痛みと人の痛みが重なるような・・・


禁忌は禁忌なのだ。
禁忌のなんたるかも知らず、見通しの浅い目的のためにただ破るということはとんでもないことなのだ、
ということを改めて実感します。
・・・と同時に、正直、理不尽さも感じているのです。
あってはならないものを手元に置いて、なぜ禁忌なのかということを厳重に封印するそのやりかたに。
これを使うとこういうことが起こるんだよ、それだから使ってはいけないんだよ、と最初からなぜ明かしておかないのか。
わたしは、核兵器と核保有国を思い浮かべていました。


Ⅰ・Ⅱ巻での、リランとエリンとのあいだの垣根がなくなり、心が通っていく様が大好きでした。
だから、Ⅳ巻の王獣たちの扱われ方はつらい。自分の感情に蓋をしてきりりと立つエリンの苦しみも伝わってくるのです。
とはいえ、もう少し、エリンとリランとの交情(?)の場面があったらよかったなあ。
なんとなく王獣たちが(ⅠⅡ巻に比べて)遠くなったような気がしました。


王獣も闘蛇も、兵器でしかなくなってしまう。
まるで最終兵器のような恐ろしさは、生きたものが道具として扱われることに対する生き物からの報復のようでもあります。
クライマックス、悲惨で残酷な場面でした。
だけど、不思議に美しい場面なのです。


この物語はまだまだ続いていくだろう。
この人たちの時代は終わったけれど。
彼らの時代を引き継ぎながら、さらに発展させたり後戻りしたり、間違いを犯したりもしながら、新しい時代を築いていく。


最後に、ジェシのその後の姿がうれしかったです。
ソヨンにもエリンにも果たし得なかったことを彼が引き継いだこと、なんと途方もなく長い道だったか、と思います。
母や母の母の苦しみがこんなに清々しい形に昇華した。どこかで母たちはみているだろうか。みていてほしい。
苦しみに満ちた人生が、苦しみながら求め続けたものが、後の世に成就したことを見てほしい。
そして、思います。
生きること。子をうみ育てること。命がつづいていくこと。
そして、次代へ渡されるバトン・・・人生に意味があるかないかは、その一代だけでは決められないのだな。


また、もうひとつ、野に王獣たちを解き放つことは本当にできるのか。
確かにそれが望みだったわけだから、これが成就するということはエリンにとってどんなに嬉しいことであろうか。
でも、もはやそれはできないのだと、一応の区切りがついていたような気がするのですが・・・(王獣捕獲者の言葉などから)

 
ここらへんにもたくさんの物語が眠っているような気がします。