貝がらと海の音

貝がらと海の音 (新潮文庫)貝がらと海の音
庄野潤三
新潮文庫


きっとばたばたと忙しく悩み多い日々もあったはずの夫婦も、今は二人きりの穏やかな日々。
庭の木々や花々、やってくる鳥を楽しむ日々。
三人の子どもたちもそれぞれに家庭を持ち、孫の成長が楽しみでもある。
「スープの冷めない距離」・・・それは物理的な距離だけではなくて、心の距離でもあります。


うれしい、おいしい、ありがとう、という言葉は、こんなにもよいものだったんだね、と改めて感じました。
このエッセイは、感謝と喜びのエッセイでもありました。
ほんとは、嫌なことも腹のたつことも不愉快なことも心配なこともきっときりがないほどあるにちがいないけど、
そういう感情をあえて呑み込み、感謝と喜びだけを言葉にしているのかもしれません。
とりたてて大事件がおこるわけでもないささやかな暮らしの中の小さな小さな喜びの積み重ねが、庄野さん一家の豊かさになっています。


長女の夏子さんのユーモアたっぷりの手紙が好きです。
お孫さんたち、まったく性格のちがう長男の子恵子ちゃん、次男の子フーちゃん、
どちらの子にも暖かいまなざし、ありのままのその子の個性を愛でるじいたんとこんちゃん(庄野さんと奥様)のまなざしが好きです。


クリスマスの朝、目をさました庄野さんの枕元に置かれたプレゼントはハーモニカ。
大人になってからこんなふうにプレゼントが届けられる楽しさ。茶目っ気。贈る側も贈られる側もなんてすてき。
よし、今度のクリスマスには内緒でまねしよう。


お嬢さんに贈った本、奥さんが読んでいた本、、気になります。
三好達治詩集『春の岬』
ベティ・マクドナルド『鳥と私と娘たち』


ほっとします。
嫌なことばかり、不安なことばかり、数えたてても、辛さは消えないけれど、
いつの日にも陽だまりのような小さなぬくもりがひとつ、ふたつあるなら、そちらに目を向ける余裕を持ちたい、そんなふうに思いました。