エンデュアランス号漂流

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)エンデュアランス号漂流
ルフレッド・ランシング
山本光伸 訳
新潮文庫
★★★★★


1914年、アーネスト・シャクルトンを隊長とした南極探検隊は、目的であった南極大陸横断をやむなく断念。
その後、南極近海で、その船エンデュアランス号は氷に挟まれて座礁する。
28名の隊員は、約一年半、小さなボートで南極海を漂流することになる。
究極の氷と暗黒の世界。飢え、凍傷・壊疽、襲い来る狂気と戦いながら、全員無事に生還する。
しかも、これが、隊員たちの日記とインタビューに基づく実話であることに驚かずにいられません。


「事実は小説より奇なり」を地でいく不運の重なりや思いがけない幸運もあったけれど、
何よりも驚き、感動するのは、
28名全員が、あの極限下、希望よりも絶望のほうに傾いた中でさえ、
ただひとりの脱落者も出すまい、とした、あれを一体なんと呼んだらいいのか、
わたしの言葉ではどうにも書くことができません。何もいえない。


ただ、あの筆舌に尽くしがたい究極の状況で、「自分だけ助かれば」という考えはこの本の中にはなかった。
仲間への不信や理由のない怒りなどにとらわれたし、時に無気力になる人間もいたし、悲観的になる人間もいた。
それでも、だれかを犠牲にすることも、あきらめてしまうこともなかった。
病人もけが人もいた。作業を放棄する人間もいた。
それは人々を苛立たせはしたけれども、彼らを捨てる、という選択肢は最初から最後までなかった。
もし、誰かが「自分ひとりだけは・・・」とか「脱落者が出るのもやむをえない」と思ったとしたら、全滅していたのではないでしょうか。


隊長のシャクルトンは、不屈の精神の持ち主だったといいます。
そして、傲慢なまでの楽天主義の持ち主だったそうです。
また、人を見る目があり、また統率力もありました。
問題を起こしそうな人間を常にできる限り自分のそばに置くようにして、不満が隊全体に広がることを防ぎました。
全員必ずいっしょに生還することを責務として、疑いませんでした。
長い過酷な日々の中で隊員たちにそれなりの不満が芽生えたとしても、
シャンクルトンを「ボス」と呼び、最後まで彼についていったのは、そういう理由だったと思います。
そして、隊員たちみんなの間にあるユーモアの力が、この隊を生還させた理由かもしれません。


また、隊員たちの多くが残した克明な日記に驚かされます。
さまざまな用紙に、さまざまな方法で書かれた日記。
水浸しになったのを乾かしたもの、油染みにまみれたもの・・・
立ち上がることさえできず、腐りかけた寝袋の中に体を突っ込む体力さえ残っていないような状況で、
それでも日記を書き、その日記を持ち帰った。
日記を書くことが男たちを狂気から救ったのかもしれない、とも思うけれど。


見所はたくさんありました。どんな冒険小説もかなわない波乱万丈の物語は、しかもノンフィクションなのです。
同時写真家ハーレイの豊富な写真はこの人たちの確かさを伝えてくれます。
また、挟み込まれた南極圏の海図、漂流者たちが辿った道筋のついた海図は、読書中、何度も見直し、彼らの現在地を確かめました。


編集者青木久子さんの解説によれば、この南極探検に先立ってシャクルトンが隊員を募集した広告はこのような内容だったそう。
「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保障なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る」
この広告に賛同して集まった男たちだったわけです。そして、この広告どおりになったわけです。

>人間に不可能なことを成し遂げさせる何ものかに感謝を捧げて
                               (星野道夫 訳)