赤い館の秘密

赤い館の秘密 (創元推理文庫 (116-1))赤い館の秘密
A・A ・ミルン
大西 尹明 訳
創玄推理文庫
★★★★


作者の「はしがき」によれば、
「ひとつ推理小説を書いてみようと思うのだが」と持ちかけられたミルンの代理人から編集者まで驚いて、
「『有名なる雑誌「パンチ」のユーモア文学者たるあなたに対して、わが国の求めているものは、ほかならぬユーモアのある話なんです」と諭したそうです。
そうして書かれ、成功を収めたのがこの作品「赤い館の秘密」。劇作家ミルンの唯一の推理小説でした。
A・A・ミルン。言うまでもありません。「くまのプーさん」の作者です。
さて、この作品のあと、童謡の本を執筆中だと打ち明けたミルン氏、今度はこのように諭されたそうです。
「英語国民がいま一番読みたがっているのは、推理小説なんです」
・・・ミルンが周りの声に流される人でなくてよかったです。
おとなしく言うことを聞いていたら、「赤い館の秘密」も「くまのプーさん」も、読めなかったかもしれないのです。


A・A・ミルン唯一の推理小説
田園にはお日様がきらきら。この牧歌的でほのぼのとした明るい世界。おっとりとしたユーモア。ゆっくり流れる田舎の時間。
一番最初に密室で殺人事件が起こっているというのにですよ。この作品全体の雰囲気は明るく温かいです。


探偵役の青年(?)が、友人に「ワトソン役をやらないか」と持ちかけるせりふがこれです

。「ほら、シャーロック・ホームズの例のせりふ。――ワトソン君、いっしょにくるかねって。あれだよ。つまりわかりきった説明をさんざん聞かされ、役に立たぬことをあれこれたずね、ときどき素晴らしい発見を、ぼくがそれを発見した二、三日のちにやる、というようなことをやる覚悟があるか、ときいているんだよ。」
少し皮肉交じりでえらそうで、くすりと笑わせてくれるこのせりふは「プーさん」といっしょだなあ、と思うのです。
そして、このホームズとワトソンの二人組がまたよいのです。ほのぼのとして。特に会話がすばらしいです。
はい、この作品にはものすごく魅力的な人間は出てきませんが、愛すべき人たちが出てきます。
これはやはり作者ミルンの人柄なのでしょうね。
殺人事件なのに、読後感がすっきりとして嫌な後味が残らないのがうれしいです。


「英語国民がいま一番読みたがっているのは推理小説なんです」と言いたくなる気持ち、わかります。
推理小説がこれ一作だけ、というのもほんとは残念な気持ちです。
こんなの、もっと読みたかった。