屋烏 (おくう)

屋烏 (講談社文庫)屋烏 (おくう)
乙川優三郎
講談社文庫
★★★★


時代小説短編集。「禿松」「屋烏」「竹の春」「病葉」「穴惑い」の五編。

いずれも武士が主人公です。が、どの主人公も決して楽な暮らしをしているわけではありません。それぞれに、さまざまな人生を過ごして来ながら、やがて、あるきっかけから、今まで生きてきた自分の生き方を振り返り、人として大切なものに気がつく、という瞬間を上手に表現していると思います。

どの作品も、最後に、かぎカッコで括られた短い話し言葉や、独白が、ほろりとこぼれるように用意されていて、深く心に沁みてくるような気がしました。そこだけ読めばどうってことのないその一言が。

彼ら(作品の主人公たち)の今後の安泰は何も約束されていません。それどころか、今までよりもずっと苦しい生活を余儀なくされるかもしれない、名もなく実もなく、もしかしたら命がけで駆け抜けたことが徒労であった、ということもありうるはずなのです。・・・だけど、それでもいいのです。彼らの目にかぶさっていた膜のようなものは、もはや彼らにはないのです。

決して多くの言葉を費やすわけではない、それでも、今に繋がる大切なものがあるように思うのです。


表題作を初めとして、どの物語もそれぞれに沁みてくるものがあり、好きなのですが、
特に好きなのは「病葉」

普請奉行の手塚家の嫡男多一郎は、たった三歳しか違わない父の後添え千津がなんとなくうとましい。ずっと要職にある父が金にものを言わせて千津を我が物にしたように思っていたから。

千津のいる家から逃れるように、金に物を言わせて遊蕩をしていた多一郎だった。

父が汚職の嫌疑をかけられ、一家は屋敷を追われてしまう、さらに、会議中に倒れた父は卒中で、口が動かず嫌疑を晴らすことができない・・・

多一郎の目を通して描かれる家族、夫婦。手のひらを返したように冷たい世間。逆境の中での父の介護・・・

この逆境の中で多一郎の偏見や屈折した思いが溶けていく、武士としてのプライドや世間体と引き換えに。

片足の少女が自分で歩くよう、根気よく励まし続ける場面がとても好きです。

深い意味のこもった「もう一度一から・・・」には泣いてしまいました。



「穴惑い」には惑わされました。

読み直してみれば、34年の壮絶な辛苦の果ての主人公関蔵の矜持の爽やかさと妻喜代との夫婦愛に、打たれるのですが、
初めて読んだときは、何かまだまだ陰謀があるのでは?と疑いまくって最後までハラハラしっぱなしでした。(あんまり脅かさないで下さい。)



乙川優三郎さん、初めて読んだ作家でしたが、外の作品も読んでみたくなりました。